Shostakovich 交響曲第5番ニ短調
(ロリン・マゼール/ニューヨーク・フィル2006年ライヴ)


CONCERTOROYALE 206216-360

Shostakovich

交響曲第5番ニ短調

ロリン・マゼール/ニューヨーク・フィルハーモニック(2006年ライヴ)

DG(?)
iTunesだったらあるけれど。もうCDでは出ないのか。

 Shostakovichは得意なほうの作曲家じゃなく、ここ最近、室内楽、ピアノ(協奏曲)作品、交響曲だったら第1番、そしてようやく後期の作品を”少々聴ける”ようになったところ。著名なる「革命交響曲」は苦手中の苦手(の代表)、まずは日常聴く機会はありません。これも(罰当たり無料にて)音源ダウンロードする機会がなかったら、まず聴く機会なかったことでしょう。ネット検索してみたが、現役のCDではないらしい。探せない・・・ライヴのコメントとか、来日演奏なんかは出てきますけどね。

 第1楽章「モデラート・アレグロ・ノン・トロッポ」。この冒頭、Mozart のアダージョとフーガ ハ短調. K546にクリソツ、そう思いませんか。マゼールは緻密精密、ていねい、静謐、クールな仕上げ。情感情熱を湛えず淡々粛々と歩みを進めます。こんなにアンサンブルに集中力のあるニューヨーク・フィルも珍しいんじゃないか。マゼール時代(2002-2009)の薫陶を受けてオケは変貌したのかも。ピアノの打楽器的タッチが参入すると展開部に入るが、ここも慌てず騒がず、着実にテンポ・アップして絶頂に至るコントロールの上手さ。知的演奏の見本みたいなものだ。

 第2楽章「アレグロ」〜絵に描いたようなスケルツォ楽章はユーモラスでわかりやすい。これって、Mahler の交響曲第2番ニ短調「復活」〜「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」に似てませんか。こちらのほうがずっとシニカル、自在なる遊びを感じさせるけれど。ここでもマゼールはメリハリたっぷりに語り口は上手いんだけれど、基本は知的な計算に支配されていると思います。ここでもオケの技量はたっぷり堪能可能。第3楽章「ラルゴ」。エレジー(哀歌)でんな。こうしてみると「第5番」はほんまにわかりやすい、大衆的な旋律リズム連続!であることが理解できます。(だから小学生だったワタシはコンドラシンのLPに痺れたんだ)マゼールは細部入念なる味付け、繊細なるニュアンスだけれど、それは意図した、計算尽くの表現と理解しました。

 終楽章。あまりに大衆的であり、運命に打ち克つ勝利宣言!(これもMahler の交響曲第1番の終楽章を連想させる)〜あまりに安易だ、ということで「これは強制された歓喜なのだ」(ヴォルコフの影響か)という説もあったよう。マゼールはもっと機能的に、正確に作品旋律を再現することに傾注して、これはこれで立派な仕上がりでしょう。聴衆の拍手も熱狂的。

 ま、バーンスタイン辺りの熱狂的入れ込みからすると、ずいぶんと方向が違うということでしょう。以前他の作品演奏の話題で「感心するが感動しない」という言葉を見掛けたが、それに近いかも。ワタシは苦手系の作品なので、こんなクールなアプローチをむしろ新鮮に受け止めたものです。いずれ凄い完成度。(リン・ハーレルのチェロ協奏曲は未聴です)

(2011年11月28日)


【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
▲To Top Page.▲
written by wabisuke hayashi