Shostakovich 交響曲第7番ハ長調op.60「レニングラード」
(ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー/ソヴィエット国立文化省交響楽団)


Shostakovich

交響曲第7番ハ長調op.60「レニングラード」

ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー/ソヴィエット国立文化省交響楽団

GPR 002/1  1984年 4枚組1,990円にて購入したウチの一枚

 ソヴィエット国立文化省交響楽団ねぇ、せっかく国家の威信を懸けて創設した立派なオーケストラ(1982年)なのに、親玉がコケちゃ仕方がないわな。ShostakovichやBrucknerも全集やらで話題になったが、ワタシはこのオーケストラ、初めて聴きました。(と、言ってもCDだけど)もう消えたの?このオーケストラ。モスクワ・シンフォニック・カペレとか変名して来日しなかったっけ?(Chandosで録音が出ているらしい、との情報有)

 (たくさんある)苦手の作曲家であるShostakovichであり、どうも好きになれない曲。でも、ま、名曲と世評高い曲だし、襟を糺して聴かせていただきましょうよ。ちゃんと。20bit Digital Audio Proccesing. No Noise Remastering. Sonic Slution Turbo-Bit Mapping.〜とやらの注釈がある。(意味不明)きっと正規のスタジオ録音(同じ録音年)とは違うと思いますが、ステレオ録音。音の粒も粗くて、たいした音質じゃない。

 この曲も、ようやく戦争やイデオロギー絡み、某栄養飲料の揶揄したようなCM音楽の呪縛を逃れて、虚心坦懐に聴ける時期が来たのかも知れません。このオーケストラ、ちょいと金属質で良い感じに鳴りますね。上手いもんだな。「ボレロの手法」とか揶揄される第1楽章だけれど、そうですか?手法はともかく、全然音楽が違うでしょ。もっと、なんかユーモラスで、一方で某国の整然たる軍隊の行進を思わせたりする。「ボレロ」ほど粋ではない。リズムがやや後倒しで、粘るところはなかなか味わい深いロジェヴェン風表現か。

 ナチス・ドイツのレニングラード包囲とか、スターリンが破壊し尽くしたレニングラードとか、ま、そういうことは、あんまり気にせずに、良くできた交響曲ということで、楽しませていただきました。

 なんやら、この繰り返しが快感に感じられる今日この頃。なんやら、じっくり腰を落として、厚かましく責められるとジワジワと感動が迫ります。第1楽章アレグレットの最終盤盛り上がりは、馬鹿馬鹿しいほど勇壮で、おお!っ〜と叫びたくなる決まり方。文句ない。でもさぁ、やっぱりこういう「いかにも」パターンは好きじゃないなぁ。(じゃ、Mahler はなんだよ?って。ま、第3交響曲の第1楽章と同じくらいの長さだけれど、あちらのほうが楽しいよ)

 第2楽章「モデラート(ポコ・アレグレット)」は、中間部の「アレグレット」が、Shostakovichらしい切迫感があって、第5番にもよく似ています。クラリネットですか?(オーボエか)上手いもんですね。第1楽章のスネア・ドラムの連続もそうだけれど、打楽器の使い方が華やかで効果的。静かな部分は無表情、というか無感情っぽくて、この辺りはもっと録音が細部まで鮮明な方がわかりやすい、はず。

 第3楽章の、テンション高い弦は詠嘆の表情が濃い。木管楽器群もなかなか。全体として愁いに満ちて、静かなる楽章だけれど、ロジェストヴェンスキーの語り口はたいしたものです。とてもわかりやすい。途中、機関車の疾走のような場面が出てきて、これはなんなのか?と思ったりします。やや、安易なる盛り上がりの手法か。例の如しのスネア・ドラムが決まりすぎ〜第5交響曲によく似ている。

 最終楽章は「勝利」ですか?ウダウダ・ぐずぐずと音楽が進んでいって、たしかにピタリと絵に描いたように絶頂がやってきますね。シロフォン先頭に、打楽器がカッコ良いのはいつもの姿。指揮者は、純技術的に、あまり濃厚なる思い入れ無しで、機能的に表現しているんじゃないの。彼特有の「アク」みたいな、体質のようなものは感じるけれど、けっこうカタのチカラが抜けている感じ。

 もっと怜悧で、クールで、バリバリに上手いオーケストラで、すっぱり演奏していただくと楽しめるかも知れません。未聴だけれど、インバルは如何?ウィーン交響楽団では弱いか。トスカニーニ辺りが似合っているかもね。この曲に対する愛情が足りないせいか、自分で書いていて盛り上がっていません。ご容赦。(2003年3月28日)


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written by wabisuke hayashi