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ショスタコーヴィチ交響曲11番


東京在住のヘムレンさんから投稿をいただきました。如何でしょうか。ラザレフへのアツき思いが溢れてます。

 アレクサンダー・ラザレフ指揮日本フィルのショスタコーヴィチ交響曲11番を聞きました(2003年3月13日@サントリーホール)。心から感動しました。素晴らしい指揮と素晴らしいオーケストラです。

 この日の日本フィルの演奏は見事でした。第一楽章冒頭の主題の低く抑えられたほとんど耳を澄まさないとよく聞こえないほどの弱音のポリフォニーが始まった途端に、体から力が抜けてロシアの大地を浮遊するような感覚に捕らえられました。2楽章では太鼓と木琴が勇猛な主題をぶち上げ、さらに間髪いれずに廃墟の砂煙を思わせる主題。3楽章では、ビオラが奏でるロシア民謡のような主題。ラザレフはこの時、コンサートホールの観客に向き合って指揮棒をふっていました。最終楽章のフィナーレでは、鐘が打ち鳴らされます。

 私は3楽章のビオラの主題あたりから落涙が始まり、一度冒頭の静寂に満ちた主題が回想されたあと、フィナーレに向かって緊張が高まっていきます。最後は鐘の連打、オーケストラの音が止んだあとに残されるのは、打ち鳴らされた鐘の余韻。ここにいたって、私の涙腺は決壊しました。

 ラザレフは、コンサートの前に開催された、「マエストロサロン」で、この鐘の連打について、11番の最後に作曲家が鐘を持ってきたことには、苦しみがたくさんあったけれど、これからも戦い続けるんだ、人生は続いている、そして希望がまだ見出すことができる、どんな苦しみにも俺は勝ち抜いてやるぞという気持ちが込められているのです、と語っています。ロシア人は生まれてから死ぬまで、鐘の音とともにくらいしていますから、鐘が生活の一部としてとても具体的な意味を持っているのだそうです。

 ソルジェニーツィンもそうですが、理想と現実、ソ連的なものとロシア的なものの二律背反が作品の骨格になっているような気がします。考えてみればショスタコーヴィッチは当時、ソ連政府の迫害に怯えながら作曲していた(1948年にはジダノフがショスタコーヴィッチらを激しく批判した)わけですから、勇ましい主題や旋律をただ単純に全体主義の賞賛と捕らえて良いわけはなく、ロシア的なか弱く甘美な旋律との対置において国と人、民族と思想、平和と戦争の葛藤を表現していたことが痛いほど解ります。

 冷戦時代の西側のメディアは、ショスタコーヴィチの音楽をソ連体制音楽として酷評していました。ショスタコーヴィチがレーニン章を授賞していることなどから、体制翼賛的な音楽との単純な先入観で書かれたものと思われますが、音楽とは別の次元の批評だろうと思います。

 公演のあった2003年3月13日といえば、アメリカがイラク侵攻を始める直前。偶然ではありますが、この時期にショスタコーヴィチ11番が演奏されたのは象徴的な意味を感じさせます。第4楽章のフィナーレの鐘の連打、これはまさしく脅かされる国際平和への警鐘、真に調和した社会への祈りとも受け取れます。

 これほどまでに壮大な構築力があり表現性にとんだ指揮者がどれほどいることでしょうか。日本フィルの演奏もラザレフの指揮棒によってとても高いレベルの緻密なものでした。是非とも時々客演してほしいと思います。感動的な演奏会に心より感謝します。

   この文章は、私が日本フィルのサイトhttp://www.japanphil-21.com/に書き込んだものに加筆したものです。

参考

第41回マエストロサロン
http://www.japanphil-21.com/kikidokoro/ms/ms03-03/ms03-03.htm

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 ラザレフのショスタコーヴィチ交響曲は残念ながらCD化されていません。日本フィルかスコティッシュナショナルの演奏がCD化されることを強く希望します。すでに出ている盤では、11番ならロストロポーヴィチ指揮ロンドンシンフォニー盤が素晴らしいと思います。弱音の使い方など、ラザレフと似たアプローチをしていています。ちなみにロストロポーヴィチとソルジェニーツィンは仲良しで、ロストロポーヴィチはソルジェニーツィンの亡命後しばらくして、後を追うように西側に亡命しています。

 ショスタコーヴィチ5番では同じロストロポーヴィチ指揮ナショナル管がまとまっています。また最近聞いた、若き日本人女性指揮者の西村智実指揮ボリショイ・ミレニアム管も気合の入った好演でした。この盤は、某レコード店で見かけたとき、「まさか・・・無謀な」と思いました。ロシアの有名オーケストラで日本人がロシア人作曲家を振るというだけでも相当なストレスが予見されますが、さらに新進の女性指揮者であれば、これはもう絶望的なくらい「破綻」が目に浮かびました。ところが、あにはからんや、この盤は成功しています。ボリショイの武者たちをぐいぐいと引っ張る若き「巨匠」西村に脱帽いたしました。

 最近、ビシュコフがケルン放響でショスタコーヴィチを録音しています。7番がすでにでていますが、11番もすでに録音済みとの情報があり、これまた楽しみにしています。

(2003年7月26日更新)


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written by wabisuke hayashi