Schumann 交響曲第3番 変ホ長調「ライン」(1941年)
Brahms 交響曲第1番ハ短調(1937年)(ブルーノ・ワルター)


HISTORY  205244-303 Schumann

交響曲第3番 変ホ長調 作品97「ライン」

ブルーノ・ワルター/ニューヨーク・フィル(1941年)

Brahms

交響曲第1番ハ短調 作品68

ブルーノ・ワルター/ウィーン・フィル(1937年)

HISTORY 205244-303 10枚組(1,890円税抜/購入)のウチの一枚

 2006年辺りからCD在庫の本格的整理が始まり、2007年転居を期に”聴くべき音源の精査”に入った件は千度サイト上にて述べました。処分が眼目ではなく、自分の棚中にある素晴らしい音源の見直しであります。この10枚組は(p)(c)2000となっており、発売とほぼ同時に店頭購入したと記憶しております。このシリーズで「ワルター10枚組」は、後継メーカーと類推されるDOCUMENTSでも2008年現在未だ再発されておりません。個人的には5年くらいのスパンを置いての再聴となり、サイト検索を掛けても言及はありません。つまり、ちゃんと聴いていない。もったいない。

 SchumannはCBSコロムビアの録音でしょう。LP好事家曰く”オリジナルLPだと驚くほど音質が異なる!”とのこと。HISTORY/DOCUMENTS系の復刻は怪しいらしくて、絶対に購入しないと断言される方もいらっしゃいました。ワタシは音楽の見聞を広げる、幅広く楽しむことを旨としているので、これで充分なんです。もとよりオーディオにはほとんどカネを掛けておりませんし。(本日聴いたのは真空管アンプだけれど/安物?いただきものだけれど)

 「ライン」は苦手としていて、滅多に聴く機会を得ません。それでも2008年を迎え、トスカーニーニのあまりよろしくない音質(1949年)で意外なる刮目がありました。

峻厳で集中力あるアンサンブル、颯爽とした推進力。Schumannの変幻自在、夢見るような旋律は(管弦楽作品以外だったら)大好きなんです。でも一歩間違うと、混迷の渦に旋律和声が埋没して、響きがくどくなっちまう。トスカニーニは一気呵成なる快速テンポ(30分!)で明快に聴かせます。(「音楽日誌」より)
1941年といえば、(不幸なる)バルビローリ時代のニューヨーク・フィルですか?

 引退前のワルターは、時にトスカーニーニばりの硬質な表現を聴かせたが、ここでは晩年の印象に近い穏健派の柔らかい語り口になっていると思います。骨太で明るい響きはニューヨーク・フィルの伝統なのでしょう。(音質ともかく)耳当たりも流れも良い、”変幻自在、夢見るような旋律”をしっとり表現して下さって、ウキウキと楽しい作品であると実感させて下さいました。激昂しない、叫ばない、諄々と語りかけるような「ライン」。

 棚中にいくつか眠っているSchumannの交響曲全集は、復活の日が近いかも知れません。

 Brahms のほうは(おそらく)いっそう著名な音源なのでしょう。(たしかHMVのSP録音)音源の復刻状態云々はこれ以外に聴いたことはないのでコメント不能。上記「ライン」より残響が豊かなこと(歴史的録音には人為的に付加される場合があるから要注意)、金管や打楽器の存在が薄い不思議な音質(解釈か?)だけれど、そう劣悪なものではありません。4年前の録音であり、オケも収録場所も異なるものの、いずれ穏健派のしっとりとした演奏であります。

 流麗であり、穏和で威圧を感じさせない美しい演奏でしょう。ニューヨーク・フィルの歯切れ良い明るいサウンドも素敵だけれど、弦の表情の細かさ、ホルンの奥深く練り上げられた不器用な音色の魅力は別格であります。第2楽章「アンダンテ」の静謐さが白眉と感じ取れるのは、ワタシ個人の最近の嗜好なのでしょう。”女性的”といった論評で語られることが多い演奏だけれど、最終楽章の燃えるような推進力、疾走、テンポの激しい揺れ、動きを見れば、それは相応しくないレッテルと思われます。

 オーディオのことは(相変わらず)よく理解できていないが、最近はわざわざ劣悪な音源を好んで聴かんでも、となるべく条件の良いもので、作品そのものを味わうようにしております。それでも、時にこんな太古歴史的録音には”音質云々”を忘れて没入することが出来るのも事実。

(2008年2月1日)

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written by wabisuke hayashi