Dvora'k 交響曲第9番ホ短調「新世界」(ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響)
Schubert 交響曲第8番ロ短調「未完成」(ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル)


YEDANGCLASSICS YCC-0013
Dvora'k

交響曲第9番ホ短調「新世界」

ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団(1973年4月22日)

Schubert

交響曲第8番ロ短調「未完成」

ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー(1978年5月30日)

YEDANGCLASSICS YCC-0013  10枚組3,990円

「新世界」〜ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響(USSR State Radio and Television Symphony Orchestra 1973年。そういえばLP時代はモスクワ・ラジオ交響楽団との表記だった記憶もある)にて。既に帰宅後に聴いたものだけれど、正直集中しておりません。なんとなく、ざわざわとした色気を感じるような演奏でして、そこはかとないユーモアさえ・・・〜音楽日誌より

 これは第2楽章の印象かな?アクもクセもたっぷりで、聴き慣れない濃厚粗野な音色の木管/金管が切々と歌って、ちょっと恥ずかしいくらいクサい、大げさな演奏。いや、この楽章もう最高っす。弦の”泣き”はバルビローリみたいな楚々としたものではなくて、朗々と号泣するんです。雄弁。アンチ洗練。聴き流しているからこんな感想(上記)しか出ないのであって、基本金管大爆裂の代表的「爆演」でしょう。(Sibelius でもこんな感じであった)

 第1楽章もちろん、第2楽章「ラルゴ」から大音量に出現するところ、第3楽章「スケルツォ」もちろんのこと、最終楽章(この冒頭主題雄叫びが凄い・・・いえいえ最後迄ずっと!)迄すべて「耳も裂けよ!」「音の割れ、なんのその!」「オトコならやってみな」的「いかにもこの金管楽器は金属でできてます!」系、まっこと高らかに喧(やかま)しい演奏の連続。細部ちゃんと誤魔化しなく明快に、きっちり表現されているから、単なる「乱暴者」ではない。これは個性なんです。「オケが鳴る」とかの水準ではない。原色ギラギラ。

 弾き手は存分に楽しんでいるような、なにかのジョーダンのような、いえいえ、一生懸命演れば演るほど「うぷぷ」と吹き出しそうになるくらいユーモラス。なんかとんでもない「大勘違い未開の新世界」(もしかして大阪の「新世界」?)に来てしまったような、不思議な感慨に囚われます。正直聴き疲れするから、座右に置いて・・・と言う演奏ではない。一度聴けば充分。「こんな通俗名曲は聴き飽きた」という罰当たり者にプレゼントすべき一枚。


 こんな(ド・シロウトが想像する正真正銘露西亜風)演奏のあとにムラヴィンスキーを持ってくるから、カップリングも常軌を逸したCDなんでしょう。(YEDANDCLASSICSにはそんなパターンが多い)1978年5月30日と言う収録年月日は正しいのだろうか?(6月12日にウィーンでのライヴ録音が存在する)閑話休題(それさておき)。

 ぎっしり内容充実の集中力抜群の演奏です。旋律のタッチに硬質なアタックは存在しないけど、印象としては非情で、ほんわか、やさしくも甘い「未完成」ではない。辛口だけれど、肺腑をえぐるような厳しい表現が、かつてない深遠な感動を呼びます。洗練と凝縮、そして強靱。先のロジェストヴェンスキーに比べると正反対のバランス感覚があり、これは正統派の「未完成」です。

 思わず身を乗り出し、吸い込まれそうな思いに駆られる、深遠なる演奏。(2005年1月22日)

 

【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi