吉田 秀和「一枚のレコード」

ワタシにとっての、おそらくバイブル
中公文庫  1978年発行 320円

 吉田先生は1913年生まれというから、もう90歳に近いはず。最近でも、朝日新聞に文章が載っているから元気なんでしょう。ありがたいことです。文庫で出ているものはすべて読んでいるつもりで、たまたま本棚の一番手前にあったこの本を取り出しました。ほんとうは、吉田先生の本にコメントを付けるなんて、ちょっと罰当たりな感じ。

 読み返してみると、もう驚くことばかり。まず、取り上げられているほとんどの録音を聴いていること。あの淡々とした語り口で、行間から豊かな音楽が流れてくるかのよう。それに説得されて、のち無意識にCDを買ったのでしょうか。いや、子ども時分にLPで所有していて、その後CDでは買っていないものもあったから、ワタシが昔から馴染んだ音源を吉田先生が光を当てていることになります。

 「レコードと私」で、レコードに関しては熱心な聴き手ではないこと。それでも、文献から興味を持った演奏芸術は少なくともその片鱗をレコードにより感じとることは可能であること、を最初に述べた上で「一枚のレコード」が紹介されます。

 バルビローリ/BPOのマーラーの第9番。BPOのメンバーによって録音を熱望されて実現した、というエピソードの裏付けはこの本でされています。評価は「表現主義的ネオ・バロック」(なんという含蓄の深さ)。

 グルダのMOZARTピアノ・ソナタ ハ長調K545(アマデオの録音)。グルダは2000年1月に亡くなってしまったので、きっと追悼盤がたくさん出ることでしょう・・・・・おそらくこのCDも。世界中の子どもたちが弾くこの曲を、どれだけ自由に美しく、装飾音を効果的に使って魅力的に仕上げていることか。題して「モーツァルトに忠実」。

 MOZART交響曲第35・39番(モントゥー/北ドイツ放響)。これはコンサート・ホール・レコードでした。ワタシの記憶では、さらに廉価盤で850円だったはず。詳細な演奏分析と併せて、ヴェルレーヌの引用も駆使した香り高い文章でのモントゥー讃。

 ケンプのバッハ、シューベルト。オーマンディ時代のフィラデルフィアの金管への絶賛。まだ若き貴公子時代のエッシェンバッハによるショパンは「黒の詩集」と。
 リヒターのブランデンブルグ協奏曲は「最高のバッハ」であること。デビュー当時のジャクリーヌ・デュ・プレの演奏に感心し、「匿名のパトロンから送られたチェロの銘器」のエピソードを本人から確認しています。(文中で、現在ではほとんど知られない名女流チェリスト・ネルソヴァに触れているのも一興。)

 チェロといえば、ロストロポーヴィッチとカラヤンによるドヴォルザークの不滅の名演奏が取り上げられています。その具体的で、明確かつ理論的な証明。(引用したいが、止まらなくなるので)

 当時若手の先鋭だった、メータ/VPOによるブルックナーの交響曲第9番。吉田さんの精緻を極めた分析を読むと、このひとのピークはLA時代であったことが理解できます。

 個人的には取り上げられている「レコード」は八割がた聴いていたし、じっさいにCDとして所有しているものもあります。ワタシの評価とほとんどブレがないのは、おそらくこの本を(無意識のうちに)教科書にして学習したせいと思います。
 「芸術新潮」誌に1967〜69年に連載されたものをまとめたもの。(ちょうどワタシが音楽を聴き始めた頃で、そんな雑誌の存在すら知らなかった)

 この頁を書き始めるに当たって、「この本にはコメントは付けられないな」と薄々感じていましたが、その通りの結果となりました。ごめんなさい。何十年経っても古くならない、永遠の名著。まだ売っていますか?


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