山本 直純 「チャルメラ協奏曲」

ヒゲとメガネの名曲案内
旺文社文庫 1983年  360円

 いまは亡き「旺文社文庫」。子供時代から好きな文庫でした。(ヘディン「さまよえる湖」とか忘れられません)本は、数度にわたる引っ越しでほとんど処分してしまったけれど、旺文社文庫はまだ手元に数冊残っています。紙質がよくて、本としての仕上げもきれいなんですよね。

 高度成長時代に「大きいことはいいことだ!」と売れっ子タレント(音楽家)であったナオズミ氏。最近は、テレビでもあまり見かけないけど健在なんでしょうか。記憶があやふやだけど、いちど交通違反(?飲酒運転・・・違ったかな)をしてから表に出なくなったのでしょうか。
 高名な斉藤秀雄門下であり、小澤征爾、岩城宏之とも親しい間柄である、彼の著作はあまり知られていないけれど、すばらしい文章なんです。

 「音楽を食べるのに、ナイフもフォークもいらない」(トスカニーニ)の名言を序奏に話しが始まりますが、じつはこれがウソッぱちで、ナオズミ氏の創作だったという、遊び心最高の開始。あと、BACHの「G線上のアリア」、ヘンデル「水上の音楽」、ハイドン「びっくり、さよならシンフォニー」、ま、あと「運命」とか「悲愴」とか「ボレロ」、だいたいありがちな名曲集ばかりの紹介。鈴木鎮一、山本ナオズミ氏の作品も出てきます。

 もちろん、曲そのもの紹介は平易でツボを押さえた、わかりやすい文章。曲のエピソードもさりげない。が、なによりナオズミ氏自身の曲にまつわる思い出話しが、出色のおもしろさ。

 バッハの音楽が無着色の基本となるもので、さまざまなアレンジが可能であること。学生時代に、先生の前でバッハを演奏したときに、悪戯心がもたげてコープランド、ガーシュウィン風の即興演奏をして、あきれさせたこと。

 モーツァルト「フィガロの結婚」序曲。名バリトン故 大橋国一が「世界最速」演奏をめざして、テレビ番組で指揮した思い出。(涙もの)

   「運命」におけるソナタ形式のわかりやすい説明。「レオノーレ第3」のファンファーレは、中学高校7年間朝礼の音楽であったこと。「ウィリアム・テル」序曲を演奏するとオケがつぶれるという魔力。「未完成」は、学生オケにおける斉藤先生の厳しい指導で、トランペッターが出る音も出なくなって、先生を激怒させてしまった記憶。

 ショパンのエチュードには、幼い日に寝入り端に聴いた母のピアノの甘い思い出。斉藤先生を追悼した「葬送」にからむ、恩師への限りない愛と厳しさへの胸を打つ逸話の数々。
 人生の区切りに必ず登場する「ブラ1」の話し〜尾高尚忠氏との出会い、卒業演奏会での選曲、カラヤンが単身N響を指揮したときのこと、新日本フィルでのこの曲を振っての指揮者復帰、旧日本フィルでのミュンシュの名演〜etc....。

 「禿げ山の一夜」演奏中、派手なパフォーマンスの結果、消えてしまったスコアの謎。楽隊泣かせの名曲「ボレロ」。

 その中でも一番心温まるのが表題「チャルメラ協奏曲」。オーボエの仕組みはチャルメラと同じだ、という話しから飛躍して、金のない学生時代のこと。女の子と夜遊びの果て、「冬のさ中、濃い霧の中を、二人で手をつないで、どこまでも歩いた」「最後の都電が去ったあと・・・・・今夜はもう帰れない」・・・・・って、まるで映画でも見てるみたいでしょ。

 そんなとき、チャルメラが聴こえてラーメンを食べようと思うけれど、当時30円だったラーメンに所持金10円足りない。(ウーム、時代)がっかりして公衆電話をかけると、20円は30円になって戻ってきて、温かいラーメンを二人で分け合った・・・・・・・それが今の奥さんだそう。

 子どもが読んでも、大人が読んでも楽しい本で、ぜひ復活を望みます。ぜんぜん古くさくありません。

      


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