石井 宏「帝王から音楽マフィアまで」学研M文庫 2000年発行 590円 この本は、音楽を愛する清く正しい子供には見せられない。石井宏さんはMOZART関係の本をいっぱい出している硬派の評論家だが、(ま、うすうす知ってたとはいえ)ここまで露骨に音楽界のバカさ加減を暴露してくれて、いゃあもう最高ですね。執筆されたのは、バブル狂騒曲真っ盛りの頃で、いかにあのころが異常だったかよくわかるのも感慨深いもの。 音楽界を牛耳っているコロンビア・アーティスツ・マネージメント〜その社長ロナルド・ウィルフォード。とにかく彼の傘下にいないのは、バーンスタイン(故人だが)、メータ、スラトキン、チョン・ミュン・フンくらいで、あと名の通っている人はとにかく彼の自由になるという。つまり、有名オケの音楽監督はそれで決まっているそうです。(音楽の手腕や力量ではない) しかも、金儲けが上手で、その格好の標的になったのがバブル日本。カラヤンの演奏会に2万7千円喜んで払うのは日本人くらいでしょ?(バブルの頃、シャイーがロイヤル・フィルを率いて酷い「新世界」を指揮したことが載っているけど、そういえばFMでそうとう粗っぽいのを聴いた記憶もありました)カラヤンは音楽云々の論議は別として、「金儲け(酷い搾取)の天才」「イメージ作りの天才」だったことに間違いはない。 1983年にやってきたホロヴィッツのコンサート・チケットは5万円。しかも「ヤク中」でボロボロの演奏。(そのあと、なくなる少し前はやや回復したらしいが)信じられないような、ワガママ放題の条件。〜いっぽう同時期に、ひっそりと高齢をおして、密かに素晴らしい演奏会をしていったホルショフスキーという名人がいたそうです。95歳。一万円のチケットでわずか500席。つまりわずか500万で真の芸術が呼べるんです。(ホロヴィッツは一億二千万) あとディースカウや中村紘子さんの「契約条件」が出てきて、読むと気分が悪くなるので、各自勝手に読んで下さい。日本は音楽の相場を異常に上げ、世界にバカにされている。 「バーンスタインにおける人間性」〜これは、亡くなる直前がバブルだった日本が悪いんだろうなぁ。1990年のロンドン響を率いた演奏会では7・8億のお金が動いたそう。ま、ここらあたりは前章と同じ、日本のバカどもの狂騒ぶりだが、むしろ「男色話」が興味深い。彼は、両刀遣いだったそうで、そもそも若きバーンスタインが巨匠ミトロプーロスに認められたのも、「それ」がひとつの要因だったらしいし、のちの小澤の抜擢ぶりも怪しいもの。 でも、それはワタシ、個人の趣味だからなんとも思いません。音楽を聴く姿勢にも影響はない。コープランドとは、ほんとうに長いつきあいだったらしいですよ。
このあと、かなり論調が変わりました。MOZART研究家石井さんの面目躍如で、「モーツァルト、その知られざる遺言」は衝撃です。ラストは未完のレクイエムだと思っているでしょ?ところが、最近の「楽譜の紙質の研究」でわかってきたことが多くて、ホルン協奏曲の第1番が「友人のロイトゲープに捧げるための」最後の作品だったらしい。 この曲、第2楽章になるとバックの楽器編成が変わるでしょ?あれ、レクイエムといっしょでジュスマイヤーが完成させているんですね。楽譜の書き込み(ヘタクソ、とか・・冗談いっぱいの)にも、じつは深い意味と友情の証が隠されている、という石井さんの説。悪妻の代表と呼ばれるコンスタンツェに対する評価(そんなことはない)も、なかなか興味深い。 「100歳のピアニスト」は、もちろんホルショフスキーの奇跡。嗚呼、CDが欲しい。そのあと「CDは腐る」という衝撃的なおはなし、「カラオケ第九交響曲」〜これはやはりバブル時期におけるちょっとやりすぎの批判。ワタシはこうした不況の現在でも、それなりに続いていることを評価していますが。「死後200年モーツァルト大安売り」は、1991年(これもやはりバブル時期)のバカ騒ぎを批判したもの。(ワタシのHPにメールをくれる若い方々にモーツァルト嫌いが多くて、ちょうどこの時期に音楽を聴き始めているんですね) 「日本のオペラ・シンドローム」「ワーグナーの『指輪』と日本人」は、金になるんだったら、と次々と来日外タレの規模が大きくなって、ついぞ「引っ越し公演」までしちゃう様子が出ています。もちろんチケットは数万円。それでも売れるからいけない。大枚はたいて、オペラが日本に定着したかというと、するはずもない。 この本、バブル景気がいかに全世界の音楽業界に悪影響を及ぼし、この不況の中で悲惨な結末を見せているか、を明快に示して読み応え有。ワタシは安いCDと演奏会にしか行きません。ネーム・ヴァリュークソ喰らえ。
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