志鳥 栄八郎 「クラシックものがたり集成」

これ一冊で「クラシック通」(!?)
講談社プラスα文庫 1993年発行 1500円

 志鳥さんはそうとうご高齢かと思いますが、未だに「レコ芸」で連載を持っていますし、ずいぶん息の長い評論家ですね。たしか、薬害(スモンだったはず)で目も不自由なはずなのに、精力的なお仕事ぶりには頭が下がる思い。これは、もともと単行本で出ていたものを文庫にしたそうで「文部省推薦」というありがたい書籍。

 正直な話し、志鳥さんの連載ものを読んでも、取り上げられる演奏にはほとんど共感できません。「ディスク手帖」連載もずいぶん長いし、本にもなっているから人気は高いのでしょう。ようはするに、現在完全に中年になってしまった、ワタシが小学生時分から評論していた基準となんら変わらない。そういった意味では、首尾一貫していて、これはこれで立派。

 この文庫、1500円とずいぶん高いですが、700頁もありますからね、相当なボリューム。「名は体を表す」とのことわざ通り「クラシックものがたり集成」とはよくいったもので、およそ知られている名曲の由来はこれでほとんど網羅されます。

 「ある夜、ベートーヴェンが散歩しているとある家の前から、稚拙ながら彼の作品を演奏するピアノが聴こえてくる。訪問して見ると、目の不自由な少女が賢明に弾いているではないか・・・・・(中略)・・・・・・感動したベートーヴェンが、月の光に霊感を受けながら即興的に演奏したのが、かの名曲『月光ソナタ』である。」なんていう話し、知りません?多分にウソ臭いけど。(これはワタシが記憶に基づいて書きました)

 さすがに「月光物語」は出てこないけど、ノリとしてはそれに似ている。

「はたらけど
  はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり
 ぢつと手を見る」
(石川啄木〜ぶたぎ、じゃないですよ)

・・・・って、これなんの話しだと思います?MOZARTの第40番ト短調交響曲なんですよ。当時、彼の生活は困窮していたかもしれないけど、なんか違うなぁ。映画「アマデウス」でもそうだし、最近の研究じゃけっこう収入はよかったけれど浪費が原因で生活に困った、という話しもあるし、経済観念が足りなくて「カード破産」に至ったバカものに近いと思うんですよ。

 ましてや、名曲ト短調交響曲と石川啄木とはあまりに違和感タップリ・・・・・・で、かえってこの本は(ハズしぶりが)おもしろい。そんなビンボー臭い曲じゃないでしょ。

 「7月20日は海の記念日だが、あなたはその由来をご存じだろうか」「明治天皇が・・・・・東北巡航の旅を終えられ・・・・・」〜って、もう勘弁してくださいよ。もうわかったでしょ?ドビュッシーの「海」の巻。ワタシごときド・シロウトが云々しちゃいけないのかもしれないけど、あのエキゾチックで個性的な「海」のイメージから、あまりに遠すぎて唖然とするばかり。ま、そのあと、ちゃんと作品の由来は出てくるんですけどね。

 てな感じで、全85曲。全部が全部上記みたいな書き出しじゃないけれど、ま、オーソドックスで平易で、狙わないエキセントリックさもあって、けっこう楽しめるのも事実。「フ、フランツ、わしは、女のことが心配だ。おまえの女のことが」というのがリストのお父さんのいまわの際の言葉だそうで(ホンマか?)「子供のことは親が一番知っている」なんていうのも、もう俗っぽくて最高。で、これは技巧ばかり目立つ駄作「ピアノ協奏曲」。(ウチの息子には「早く彼女をウチに連れてこい」と楽しみにしているんですが)

 音楽評界の長老に失礼なことを言ってしまいましたが、読んでいて心温まるのも事実。文部省もとんでもないものを推薦してくれものです。このさい「月光物語」みたいなものばかり集めた本は出ないでしょうか。ウソだけど、いかにもそれっぽいやつ。(手元にないけど、そんな文庫は見たことはある)


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written by wabisuke hayashi