佐渡 裕 「僕はいかにして指揮者になったのか」

夢の実現のためなら、迷わない。
新潮OH!文庫 2001年発行 505円

 「本で聴く音楽」更新絶滅の危機!・・・って、ようはするに、ここ最近「音楽の本」なんてまともに読んでないんですよ。在庫既読本を掲載するにも再読が必要で、けっこうツラいんです。もともとノン・フィックション系が好きで、医事もの、歴史物(古代史と戦国時代)、それとアジア旅行系がワタシの守備範囲で、「音楽」は「その他」なんです。ホントは。


 で、出張中に久々に読んだ新刊(文庫では)がこれで、彼が30歳くらいまでのことを「一気に書いた」(といった勢いある文章)の楽しい一冊でした。読み物としての完成度や、表現力の堪能、という点では、ま、いくらでも他に魅力ある書籍はあるでしょ?でも、いかにも自分で一生懸命書きました!(ゴーストライターではないはず)という味わいがあって、好きです。

 彼は京都の出身で、子供の頃から音楽が大好きだったんですね。下積みの生活(一日あたり給料1,600円のオペラの副指揮者〜しかも、一日1,000円の交通費は自腹)からタングルウッドに出掛けて、ひょんなことからバーンスタインの弟子になるが、アメリカ人であるところの師の言葉が、すべて関西弁になっているのが凄い。なんとはなしに説得力もあって、雰囲気は良く理解できる。

 これ、なにを意味してるかと言えば「言葉に感情を込める」ということなんですね。先日、NHKで「お国言葉」の総集編をやっていてエラく感動したが、「標準語」(東京弁だろ!)は書き言葉だと。お国言葉には心がこもるんです。佐渡は京都人だから師の言葉を日本語に訳すときに「関西弁」(ホントはそんなのは存在しないが。京都でも数種、大津、泉南、泉北、船場、中河内、南河内、北河内、摂津、神戸〜これだっていろいろある。ま、いちおう)にしたんでしょう。

 冒頭、京都の実家に帰ってきて、近所のおばちゃんに「ユウちゃん、なにしてんの」と訊かれ「新日(本フィル)の・・・」、「ああ、新日本プロレスかい」(カラダが大きいから)と納得されてしまう、秀逸なエピソード。全編、こんな感じで、気取りがなくて、とにかく音楽が大好き、好きで好きでたまらない、ということ第一で、気取りがないんです。

 小澤が優勝したことで知られる、「ブザンソン国際指揮者コンクール」で優勝した経緯もおもしろい。だいたい、なんの推薦状ももらわずに、あちこち9カ所ほど参加申し込みをして、唯一招待されたのがそれだったのも凄い。ま、結果的に優勝するくらいなんだから才能もあるんだろうが、いろいろ悩みながら、結局オケ(ボルドー管?)とコミュニケートできて、「テクニックを発揮する」ということではなく、「音楽を楽しむ」ということに専念した結果が優勝であったらしい。

 師バーンスタインとの思い出(最期の日々も)、尊敬する小沢征爾からの影響、そのままナマの言葉で語られていて、説得力がありました。現在、彼はパリのコンセール・ラムルーの「客演特権指揮者」であり、オケとは良好な関係、観客も増えているらしい。彼の演奏はナマで聴いたことはないし、CDでもNAXOSのイベールを一枚聴いただけ。(完成度はともかく、勢いと熱気を感じさせる演奏)

 ウワサによると、彼の熱烈なる指揮ぶりは凄いらしく、観客を魅了するそうですね。ある、音楽とは全然関係ない雑誌に、これまたクラシック音楽とは縁の少ない方が、佐渡のオーバーアクションにすっかり参ってしまったことが掲載されていました。(一部の心ない音楽評論家が「バカみたいに大きく棒ばかり振って」と書いていたのと対照的)

 彼はまだ40歳になったばかりだから、これからが楽しみです。久々に、ちょっと元気の出る本でした。


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written by wabisuke hayashi