石川栄作 「ニーベルンゲンの歌」を読む

WAGNER「ニーベルングの指輪」源泉
講談社学術文庫 2001年発行 1,100円

 わずか300頁強の文庫が1,100円。高くなりました。こりゃ、新刊書は売れんわな。BOOK OFFの100円コーナーで掘り出し物を見つけたほうが楽しみは大きいかも・・・・なんて、言っていると「良書デフレ・スパイラル」に陥ってしまう。最近バカ本しか読んでいないので、こういった歯ごたえのある本には根性が必要なんです。

 「20世紀最後の自分への宿題」として、昨年末、WAGNER「ニーベルングの指輪」全曲を対訳と首っ引きで全曲聴破!って、当たり前でしょ、全曲CDを3セットも所有していて、まじめに聴けよ、と責めないで下さい。だって14時間でっせ。楽しみのための音楽が苦痛に変わる・・・その苦痛を乗り越えてこそWAGERの真の魅力が見えてくる・・・という説も有力だが、とにかく粗筋は理解しました。(その後、フルトヴェングラー/スカラ座のライヴ全曲を3,990円で購入。これはLP時代に所有していたから欲しかったんです)

 ようやく「指輪」の流れをおぼろげに理解したつもりになって、その時思ったのは、「こりゃ、なにか前提というか、誰でも知っているおとぎ話が欧州に存在するはず」ということでした。怪獣キングギドラが「ヤマタの大蛇」説話からインスピレーションを得ていること、「かぐや姫」とか、義経の判官贔屓、南総里見八犬伝でもいいや、つまり、日本人ならたいてい知っている「前提」みたいなものが「指輪」にもあるはず、ということでした。

 この本、その辺の疑問を一気に氷解させてくれます。中世ドイツ英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」は13世紀初頭、オーストリアの一詩人がとして書き上げた、とのこと。馴染みの登場人物は多いとは言え、WAGNERとはかなり内容が違います。研究によると、それ以前にも5・6世紀位にはその原型になる「伝説」が存在していたという説もあるし、その後、次々と改変、換骨奪胎されていて、WAGNERもその一過程に過ぎないらしい。

 20世紀に入っても、この題材で戯曲が新たに書き下ろされ、上演されているらしい。ドイツに長く暮らしている方に伺いたいが、「赤穂浪士」並に「ニーベルンゲンの歌」が馴染みなのかどうか。とにかく、歴史と伝統ある筋書きらしいんです。

 WAGNERではジークフリートが主役でしょ?それに絡むブリュンヒルデの愛・・・・でも、もともとは(なんとなく似てはいるが)全然違うんですよ。前提として、神々なんて出てこなくて、王侯貴族の勢力争いだし、この主役二人は全然愛し合う場面なんて存在しません。(グンターの身代わりになって、ブリュンヒルデの嫁取りの試練を乗り越えるところは同じ)グートルーネ(もともとはクリエムヒルト、という呼び名。細かいところでたくさん違いがある)は、忘れ薬を飲まされたジークフリートと結婚するのではなく、ちゃんと結婚しております。

 昔の版ではそのグートルーネ=クリエムヒルトが主役。兄の嫁となったブリュンヒルデと喧嘩し、ジークフリートの暗殺を命じるのは他ならぬブリュンヒルデ。しかも、未亡人となったクリエムヒルトがエッツェル王(アッティラ大王のこと)に再嫁し、兄一族(ハーゲンも登場)に復讐を果たすほうが話しとしては大きい。

 ジークフリートも鍛冶屋に拾われた孤児だったり、ネーデルランド王子だったり、様々な版によりシチュエーションが変わります。黄金を奪ったり、大蛇を退治して不死身になったり、という辺りはお馴染み。ま、ドスケベ・アルベリヒも出てこないし、ウォータンも出てこない。

 もともと、いくつかのお話が合体しているようであり、話しの流れ上設定が歴史的にどんどん変化していくのも読み応え充分。難しい学術的な論文だが、WAGERに馴染んでいる人にとっては、読みこなすことは容易でしょう。訳の分からん「リング」の筋書きだが、この本を読めばなんとなくWAGERの手の内が見えるようで1,100円も高くない。


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written by wabisuke hayashi