あらえびす 「名曲決定盤」

よき曲 よき演奏 よき録音
中公文庫  1981年9月発行  420円(上下巻)

 1939年というから、もともと戦前の発行。湾岸戦争でもなくて、ベトナム戦争でもなく、朝鮮戦争よりもっと前、第2次世界対戦の前の発行。本名 野村長一さん、新聞記者であり、小説家。・・・・・らしい。(よう知らん)もちろんワタシの世代じゃないですよ。伝説的な名著。この文庫化では、すべて現代仮名遣いに改めているし、読みやすく、いまでも内容は新鮮そのもの。

 ま、初めてきくような名前も出てくるが、たったいま現在CDで楽しむことのできる馴染みの比率が高い。鮮度ばかりが求められる昨今のアイドル業界とは対極にある、息の長いスター達の人気。当時SPは貴重品で値段も高かった(ちょっと想像がつかない。家が建つくらい?)らしいが、いまでは1,000円でお釣りが来るのでありがたいものです。ワタシの爺さん、婆さん、曾祖父さん、曾祖母さんの世代と同じ土俵で論議できるのが凄い。そしてワタシの息子くらいの世代とも。

 「私は30年近い間に、一万枚以上のレコードを集めた」とのことで、CDだと1,000枚くらいだからたいしたことはない・・・なんて大間違いで、時代が違います。冒頭に「蒐集道の法三章」〜こりゃ凄い、ワタシの「廉価盤道」に匹敵する「道」(!?)で、「収集」じゃなくて「蒐集」ですよ。字面だけでも鬼気迫るものを感じさせます。

 当時、蓄音機の普及によって「洋楽」(死語だなぁ)がずいぶんと普及していたようで、この本を読む限り、現代のクラシック音楽の広がりにさほど遜色がなかったような気もします。当時、既に来日していたクライスラー、シゲティ、モイセヴィッチ等が「日本の聴衆ほど恐ろしいものはない」といっていたそうで、コンサートでの集中力は現在でもその名残があって、日本人の生真面目さ〜音楽に対する真摯な姿勢〜はそのまま。

 「レコードがなかったならば、日本人の音楽趣味と、音楽に対する教養は、決して今日のごときものではあり得ないだろう」〜これは現代でもそのまま当てはまっていて、「録音」vs「ナマ」論争のひとつとして価値があります。(もちろんさかんなアマ・オケ、音楽を聴く経済的負担が少なくなっていること、様々な音楽が日常的な広がりを見せている現代とは同列に論じられませんが)

 「ピアノならコルトーから一枚、ヴァイオリンならクライスラーから一枚、チェロならカザルスの何かを、室内楽ならカペエのうちから、そして管弦楽なら、フルトヴェングラーか、ワルターか、メンゲルベルクか、トスカニーニの一枚を薦めるだろう」・・・この言葉には21世紀を迎えようとしている現代でも、ほとんど違和感はありません。

 以下、楽器別にお薦めレコードと演奏評論、略歴が載っていて興味深い。有名どころはほとんど網羅されていて、逆に珍しいのは、ヴァイオリンだったらプシホダ、シュメー、メンゲス、スポールディング、ヴォルフシュタール、ベネデッティ、ブルメスター、コチアン、クーベリック(お父さんでしょ)。

 ピアニストも有名揃いだが「フランシス・プランテ〜1839年生まれで、100歳にもなるフランスのピアニスト」というのがあって、凄い。当然SPも残っているんでしょうねぇ。チェリストのザルノンド、スクワイヤー、スギア、クレンゲル辺りになるとお手上げ状態。室内楽が、詳細網羅されているのは当時の録音事情(大きな編成は収録が大変だったはず)でしょうか。近衛子と伯林フィルハーモニー管弦楽団というのがあり、MOZART「管楽器のための協奏的4重奏曲=ロ短調」(これなんの曲?)〜何故か指揮もしている〜SPがあったそう。

 先日聴いたフランクのピアノ5重奏曲(コルトー/インターナショナル4重奏団)も出てきていて、「電気(録音方式のことと想像される *)の初期のもので非常に古い。演奏は立派であるが」とのコメント。(* そんなにひどい音じゃないですよ)

 「歌」は量的に多くて、これも当時の録音事情でしょう。歌ものは人気があったそうだし、当時の録音技術では歌が比較的良好な音だったらしい。ワタシ声楽方面は暗いので、知っている人もいるけれど、「オネーギン〜瑞典(スエーデン)生まれのアルト」なんて出てくると逆に新鮮この上ない。どの演奏家にも、適切なコメントが付いていて、その博覧強記ぶりは本物。

 「洋楽レコードの売れ行きの半分は管弦楽である」〜これ当時もいまも変わりません。出てくる指揮者は有名どころもれなく網羅・・・と思ったらクナッパーツブッシュがない不思議。この時点で既にオーマンディ(ミネアポリス響)は登場しているが、ライナー、セルはいない。「フィリップ・ゴーベールはフランスの指揮者として最高の地位にある・・・・モントゥー、バトンは既に年をとり過ぎ・・・・」なんていう記述はなんとなく不思議。

 このあと、器楽(オルガン、ギター、フルートなど)があって、ラスト「レコード・ファン心得帳」が、キャビネット、レコードの保存法、整理法、機械の選択等、かゆいところに手の届く「付録」が微笑ましい。

 なんか、「ご近所のおとぎ話」を聞くような、そんな本でした。若い人にお薦め。


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written by wabisuke hayashi