中村 紘子 「どこか古典派(クラシック)」

言葉で奏でるとびきりの名演奏
中公文庫 2002年発行  552円

 中村さんの日本の音楽界に与えた多大なる功績には、満腔の敬意を表してやみません。でも、前著「アルゼンチンまでもぐりたい」絡みで彼女のCDを聴いたときには、ちょっと厳しいことを書いて失礼いたしました。この本は1990年代ラスト辺りに、日経新聞などに掲載された短い文書を集めたもの。既にバブルがはじけて、そんな時代も反映しています。気軽に読めるし、これは楽しい。

 彼女の話題は多彩であり、正鵠を射たみごとな表現は、岩城さんと並んで、音楽界の二大名人といって良いでしょう。女性に年齢の話題は厳禁だ(この話題も有)が、既に音楽生活50年を迎えられたとのこと。数々の世界的な経験者は、けっこう厳しく、シニカルな話題も出されて感心します。ちなみに、よく登場する「主人」とは作家の庄司薫さん(この人寡作だよね)のこと。

 題名の「どこか古典派」というのは、この文庫中(たしか)4回ほど出てきていて、彼女の口癖なのかな?意味的には、(良い意味で)保守的とか、古来の日本人の個性とか、時代が変わっても捨てられない、という趣旨でしょうか。ほとんど音楽の話題には関係ないことも語られていて、「音楽の豊かな表現とは、そんな日常の積み重ね」とおっしゃっているようにも読めました。

 あとは素敵だな、と思うところだけ。ピアノ・コンクールには、音楽ホール、練習場、100台にも及ぶピアノが必要であること(考えてみれば当たり前だ)〜だからカンタンにはできないよ。チャイコフスキー・コンクールも最近はスポンサー集めに大変みたいだし。その高名なるチャイコフスキー・コンクールに、ピアノメーカーが楽器で協賛するんだけど、ヤマハ、カワイの大躍進(スタンウェイに匹敵するらしい)〜それは演奏者が自ら楽器を選ぶことから、その楽器自体の成長(個性豊かな名器として成熟、と表現)が伺えます。

 「追悼 安川加寿子先生」〜偉大なる先達に対する真心こもった賛辞。「さようなら盛田昭夫さん」〜彼の新しもの好きと、三島由紀夫の「独楽」に例えた美しい生き方に対する敬意。日本の「ハコもの行政」に対する鋭い批判(ハコものの維持費のために、本来その内容を作り上げるべき「芸術家」が犠牲になるという矛盾)、先頭に立っての行政への反対運動。

 あちこちに生まれる(既に現在では消えているものも有)テーマパーク、外国村へのシニカルなコメント。意外なことにコンピューター好きで、1983年にはIBMマルチステーション導入というマニアックさ。これは1994年のWindows3.1とパワーマック両方の導入まで使ったというからまったくすごい。

 で、ワタシが一番気に入ったのは、「記念品」。ヘルシンキ・フィルの国内ツァーに同行した折り、「肩の爪痕」(ほら、女性ソリストの正装って、上半身がかなり露出するでしょ?)で団員から良からぬ(怪しげな)ウワサが・・・じつは、飼い猫のいたずらに過ぎなかったことで誤解は解けて、ペット用のマグロ缶をいただいたのだとか。

 ところで、まことに失礼ながら、彼女の髪型って千年一日のごとく同じような・・・たまたまそういう写真を使っていらっしゃるんだと思うけど、いまどき見ないですよね。

(2003年8月16日)


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written by wabisuke hayashi