別冊文藝 「カザルス」

バッハ没後250年記念 PABLO CASALS ON BACH
KAWADE夢ムック 2000年発行 1,143円

 これは読み応えのある本でした。カザルスほど多くの人々から慕われ、評価され、愛された芸術家はいなかったのではないでしょうか。この本には過去も含めてありとあらゆる論評が載っているが、あらえびすが1931年、1939年(名曲決定版)、1940年、1959年の段階で激賞していて、「セロのカサルスばかりは全く絶対的で・・・」と、書いておりました。

 1973年97歳まで長生きしたし、晩年は指揮者としての評価も高かったので、音楽ファンとして彼の存命中に(録音上とは言え)ふれ合えたのも幸せでした。ワタシ個人的には、17cmLPでBACHの管弦楽組曲第2番を聴いたのが中学生の時でしょうか。アクセントの重い、一種異様な貫禄とピアノによる通奏低音が印象的だった記憶があります。(フルートはガルブランセン)

 音楽専門の方達だけでなく、絵本画家、詩人、フランス文学者、科学哲学者、作家、美術史家、等々多面的、叙情的な「思い入れ」も語られます。「なりたての新聞記者時代、襟裳岬の町内放送でBEETHOVENのチェロ・ソナタを聴いた」〜音楽は一気に青春時代の、なにやらモヤモヤしたエネルギーのはけ口を求めて喘いでいたよう〜そんな思い出に連なります。それがカザルスだったら幸せでしょうか。

 曰く、チェロが正確な音程を奏でられるようになったのはカザルス以来である。13歳で「BACHの無伴奏チェロ組曲」の楽譜に出会い、単なる練習曲として省みられなかったこの曲を「芸術」として認めさせた偉業は、MENDELSSOHNの「マタイ蘇演」に匹敵する〜この話しは、なんども語られ、この冊子のなかでも繰り返されます。

 スペインのフランコ独裁政権に反対し、またそれを追認する世界に対して「公開の場では演奏しない」と宣言し、故郷カタロニアに接する、フランス国境の寒村プラードにこもったこと。カザルスを慕う多くの音楽家達が集まって、感動的な「音楽祭」が開催されたこと。

 そんなことは皆ご存知でしょう?「チェロが正確な音程を奏でられるようになった」事実は、残された録音を聴けば一目瞭然で、トリオを組んだティボーのヴァイオリンのスタイルとの違いは明快でしょう。また、有名な「無伴奏チェロ組曲再発見」物語の「楽譜」は「グルッツマッヒャー編曲版であった」らしいことも驚愕の事実でした。

 蛇足ながら、カザルスと言えばジャガイモのような丸顔に禿頭・・・でお馴染みですが、じつは25歳時点でそのヘア・スタイルが確立していたとのこと。

 ワタシは1990年代前半に特集されたNHK-FMで、ほとんどの主要な録音をエア・チェックしています。でも、一番好きなのは、SCHUBERT弦楽5重奏曲ハ長調(1961年録音)です。(この冊子にも登場する)技術的には、そうとうに危ういチェロ・パートですが、その豪快な骨太さ、圧倒的説得力は比類がない。

 トルトゥリエの回想も感動的(3歳だった息子のヤン・パスカルがカザルスの「ヒゲが痛い」と怒ったそう)。愛弟子の平井丈一郎さんのインタビューも興味深いが、あれほど師匠に評価された人の録音を聴いたことがないのが残念でした。

「素晴らしい器楽奏者が天才的作曲家の創作意欲を刺激する」ことが、クーセヴィツキーとラヴェルの実例(コントラバス)をあげて説明されているところには、感じるところ大でした。


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written by wabisuke hayashi