小野寺 誠 「白夜の国のヴァイオリン弾き」

フィンランドを舞台にした異国のペリマンニ楽師の物語
講談社文庫 1994年発行 600円(古本で100円)

 これは小説ではなく、実際のお話しです。冒頭を読み出したら記憶があって、もしかしたら以前所有していて、引っ越しの時に処分した一冊かも知れません。読了後、胸が痛くなるような思いにとらわれました。

 小野寺さんは1939年生まれだから、もう還暦を過ぎていらっしゃるはず。ご健在なのでしょうか。彼がフィンランドで過ごした40歳代の数年は、ちょうど現在のワタシの世代にあたるはず。極地を取材するルポライターらしいが、定職はないらしく、フィンランド人の妻と小さな子供二人とフィンランド中部の小都市イーサルミで暮らしています。

 北海道出身のワタシとしては、冬の厳しい環境〜北国では「貧しい」ということは「死」を意味する〜だからこそ生まれる人々の温かい人間関係が思い浮かんで、懐かしい描写の数々がありました。フィンランドといえばSIBELIUSが圧倒的に尊敬され、有名だが、ペリマンニという土俗な音楽が愛され、営々と引き継がれているということを初めて知りました。

 ヴァイオリンやコントラバス、アコーディオン、オルガン、マンドリン、フルート、ギター、そして鋸(サハ)が使われ、シンプルな伝統的舞曲の旋律が繰り返される音楽らしい。楽譜はなく、すべて耳伝えで楽師〜とはいっても、すべて職は別に持っている〜が育てられていく、ということらしい。

 そこに筆者が「少々ヴァイオリンを弾ける」ということで、その世界に飛び込んで人間関係を築いていきます。歌い・踊る演奏会の熱狂振りからプロローグは始まるんです。「ペリマンニは下品な音楽」といって嫌う人々もいるらしく、また、専門のクラシック奏者からは「基礎がなっていない」と蔑まれる場面も多く登場します。

 ペリマンニの圧倒的な熱気の魅力に巻き込まれ、「異国のペリマンニ楽師」として一人前になっていく様子が描かれます。フィンランド東部のペリマンニ楽師が集う「歴史的大集会」のゾクゾクするような興奮。アンネリという13歳の美少女との出会い!〜音楽を通じて語り合い、お互いの人柄を感じ取って〜求め合うプラトニックな純愛。

 やがて彼はイーサルミ室内管弦楽団の創立に参加し、クラシック音楽にも深く関わっていきます。そして〜彼は妻と子供を捨てて日本に帰るのです。揺れ動く中年男の心象を、自分自身に重ね合わせて、フツウのしがないサラリーマン生活の安定と、「何か」への渇望を、少々痛い気持ちでこの本から読み取りました。(2002年4月20日)


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written by wabisuke hayashi