三宅 幸夫 「ブラームス」

カラー版 作曲家の生涯
新潮文庫 1986年発行   440円

 新潮文庫でシリーズになっていたもの。こういった伝記物は子ども時分から好きで、「不屈の人ベートーヴェン〜苦難を越えて」みたいなのは良く読んでいた記憶があります。もちろんこの本は、大人向けの相当に深い掘り下げとなっていて、現役の演奏家・作曲家による「ブラームスに対するオマージュ」みたいなコラムも読み物として面白い。巻末の作品目録と年表はたいへん便利で、輸入盤なんかの、訳の分からん外国語の作品名検索には欠かせません。

 この本、カラー写真も豊富で楽しめますが、三宅さんの文章が出色に美しい。
 序章「秋のソナタ」・・・・・・・世代的には、既に革新的な音楽が台頭していた時期に、むしろ保守的で、後ろ向きとさえ云える地味で渋い音楽を作っていたブラームス。生涯を賭けて愛したクララ(現代の目から見てもそうとうなべっぴんさん〜もちろん肖像画ですが)に対する屈曲した想い。
 悩ましくも、渋く、苦い音楽を、筆者は「秋のソナタ」と名付けています。彼の芸術は、彼の気質そのものなのである、と。

 第1章「港町ハンブルグにて」→二十歳まで過ごした、彼の出目が語られます。ブラームスと同世代で北ドイツ出身の画家であるフリードリヒ「雪の中の樫の木」(古代ゲルマンの時代から生命力の象徴であった由)を章頭に配して象徴的。母は父より17歳も年上。二十歳までの作品であるピアノ・ソナタ ハ長調やスケルツォ変ホ短調の完成度の高さ。

 第2章「若きヴィルティオーゾ」→有名なヴァイオリニスト・レメーニと知り合って演奏旅行に。それが縁で生涯の交友が続くヨアヒムに、さらにシューマン夫妻との出会い。

 第3章「自由に、しかし孤独に」→自殺を試み、精神病院へと入ったシューマン。クララ婦人を援助するうちに芽生えた愛情は、シューマンの死を持って、想いは質的に変化し、結ばれない。その後、ゲッティンゲンで知り合ったアガーテとは、結婚の寸前まで行き着くが、やはり最後まで決断できず、弦楽6重奏曲ト長調第1楽章のヴァイオリンの声部に「AGA(T)HE」を織り込む。

 なんとなくブラームスって、太った爺さんみたいな印象しかないけれど、若い頃は恋をしていて、しかもいつも煮え切らず、屈曲していますね。ホント、彼の音楽そのまま。

 第4章「ドナウ河畔の旅人」→ウィーンではピアノ4重奏曲ト短調の成功。ジングアカデミーの指揮者としてこの地に定住します。反ワーグナーの急先鋒ハンスリックから高い評価。

 第5章「ドイツ・レクイエム」→ワーグナーの「名歌手」が同じ1968年に初演。本人の意向とは別に「ワーグナー派」と「ブラームス派」の軋轢の発生。

 第6章「孤独に、しかし自由に」 第7章「オーストリアの夏」→30台のブラームスは、クララの三女ユーリエに失恋。第2交響曲やヴァイオリン協奏曲をはじめとする傑作の誕生。

 第8章「交響曲第4番ホ短調」→反ブラームス派ヴォルフの口を極めた酷評。(一読の価値有)栄光の頂点に立ちながら、最晩年の重苦しいペシミシズムが作品に紛れ込む。ちなみにマーラーのウィーン音楽院在学中、ベートーヴェン賞から落とした審査員のひとりがブラームスだった由。

 第9章「おお世よ、われ汝より去らずをえず」→ミューフェルトとの出会いで生まれたクラリネット傑作の数々。(秋のソナタと呼ぶにふさわしい)ビューローの、宿敵ブルックナーの、そして愛するクララの死。そして、ヨハン・シュトラウスの新作オペレッタの初演に姿を見せたのを最後に、訪れた彼自身の死。

 第10章「新しい道」→ピアノ4重奏曲ト短調を大管弦楽に編曲したシェーンベルクの「理由」がケッサク。笑えます。

 彼の音楽に対する漠然とした印象が、はっきりと裏打ちされたような気持ちになりますね。先に読むと先入観を作ってしまうかな。


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written by wabisuke hayashi