中村 紘子 「ピアニストという蛮族がいる」文春文庫 1995年発行 460円(単行本は1992年発行) 女性の年齢を語るのは失礼ながら、団塊の世代の方々には、彼女はアイドルだったんじゃないかな。いまだにテレビ・コマーシャルに出てくるし、クラシックレコード(CD)業界が「外タレ」専門時代だった頃から、彼女の録音は売れていたはず。これほど有名なのに、ワタシは彼女の演奏はナマはもちろんのこと、録音でも聴いたことはありません。 この文庫は出たばかりの頃に読んでいて、断片的に記憶もあるけれど、改めて読み返すと、その意欲的な内容に打たれるものがありました。文章はよけいな修飾が少なくて、簡潔、かつ的確で立派です。 ホロヴィッツが男色であったこと、トスカニーニの娘ワンダとの結婚することによる葛藤、ホロヴィッツの娘であり、トスカニーニの孫娘であったソニアの若き死。トスカニーニからの圧力に耐えかねていたのに、亡くなったときに、ワンダはホロヴィッツをトスカニーニ家の墓に埋葬したそう。 稀代の名ピアニスト・作曲家であったラフマニノフは、「マルファン症候群」という病気であったらしいこと。人並みはずれた大きな身体、長い顔、大きくて柔軟だった手、その他諸々の症状がそれを裏付けていること。 精力的に一族を繁栄させた大バッハだが、最近の二代目はダメで、ギレリスやコーガンの娘はピアニストとして全く才能がなかったこと。(息子のP.コーガンは立派な指揮者となったが)ショスコヴィッチの息子(マキシムのこと?)は、親の圧力で音楽学校の試験をクリアしたが、親が亡くなった後、交通事故で人を轢いてしまい国外に出ざるをえなくなった、というおはなし。 明治時代、西洋音楽の草創期に先陣を切った幸田 延(幸田露伴の妹)の辛酸、初の純国産ピアニスト久野 久の悲劇的な結末〜留学先ウィーンでの自殺。いまや、世界でもっともCDが売れ、クラシック・コンサートが多く開かれるに至った日本音楽会の黎明期が目に浮かぶようですし、今も昔も女性差別、心ないマスコミのバッシング〜それを喜ぶ島国根性とでも言うべき「やっかみ」。 ポーランドの首相を務めたパデレフスキーの数奇な生涯。才色兼備の異才アイリーン・ジョイス。ミケランジェリのキャンセル魔たる「理由」。最終章「蛮族たちの夢」における、消えていったピアニストたちの無惨。 とくに日本での西洋音楽受容期の様子が詳細で、貴重でした。たしか、単行本ではベストセラーになったはずだから、読んでいる人は多いかも知れません。けっこう歯ごたえのある一冊でした。
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