Mozart ピアノ・ソナタ第10/11/13/15番(ギーゼキング)


Mozart  ピアノ・ソナタ第10/11/13/15番(ギーゼキング)
Mozart

ピアノ・ソナタ
第10番ハ長調 K.330
第11番イ長調 K.331 「トルコ行進曲付き」
第13番 変ロ長調 K.333
第15番ハ長調 K.545

ギーゼキング(p)

ピジョン・グループ(EMIの海賊盤)  GX-9234  1953/4年録音 中古250円で購入

 毎度お馴染み海賊盤・・・すまぬ。有名な音源はいちおう聴いておく、という趣旨なもので。千度繰り返すが、ワタシはMozart に無条件幸福でして、どんな演奏でも感動しちゃいます。交響曲、管弦楽作品辺りだといろいろ屁理屈付けたくなるが、ピアノ協奏曲/ピアノ・ソナタだと「あれも良い、これもOK、全部素敵」状態でワタシのサイト用作文にはなりにくい・・・

 それにギーゼキングって正直昔からよくワカラン感じもあって、録音・音質問題ですか?有名なDebussyも評判ほど・・・と思ったし、Beethoven ピアノ協奏曲第4/5番(ガリエラ/フィルハーモニア管 1955年ステレオ録音)もいまいち楽しめないのは、そもそも作品に共感が足りない自分の感性の鈍さ故か・・・でも、歴史の波風乗り越えて残ってきた有名録音には、先人達のたしかな知恵があるはず!お勉強です。

 この一文執筆キッカケは、(誰でも知ってる)第10番ハ長調 K.330〜第2楽章でしたね。ハ長調という調性だし、なんの屈託もなくそのまま弾いても良いけれど、陰影というか、諦念を感じさせる寂寥がありました。第1楽章冒頭からそんなイメージがつきまとうが、第2楽章の安寧に充ちた静謐〜精神の沈静を意味する〜は素敵でした・・・が、これはまだ無条件幸福の世界。

 途中、Mozart らしい短調への暗転があるじゃないですか。これが哀しい。哀しみの表現は民族それぞれの文化を持っているが、お隣韓国の泣き叫び全身に哀悼を爆発させる〜日本人はもっと「胸に秘めた哀しみ」〜けなげであればあるほど、周りの共感を得やすいってあるじゃないですか。瞳にに涙をたたえながら、微笑みさえ浮かべながら・・・そんな哀しみが溢れます。

 それは「人生最大の苦悩」と言うことだけじゃなくて、幼いこどもの「お母さんがいなくて寂しい」という心象にも近い。最終楽章は、そんなココロの暗鬱が雲散霧消するかのような悦びに溢れます。でも、それはとても静かな感情表現でした。

 ギーゼキングって、美音じゃないと思うんです。カタのチカラは存分に抜けているが、さすがに表現が練り上げられていて、急いたところもなくむしろテンポは抑えめ。で、この演奏がひとつの自分の理想かというと、そうでもなくて、Mozart には若手の、無垢な表現が似合うかも知れません。あまり飾らず、すなおに淡々と弾いていく感じ〜ピレシュの旧盤?手持ちではヴュルツの全集(BRILLIAT 1998年)辺りかな。

 ハ長調 K.545って「こどものモーツァルト」(と呼ばれる作品)だけど、ちょっと枯れすぎているというか、立派に完成され、そこに大芸術家としての表現を尽くし・・・といった味わいか。第2楽章はやはり諦念の境地に至ってこれは「こども」の世界じゃありません。大仰だったり、違和感バリバリの野蛮演奏じゃないですよ。この哀しみ、そして明るい表情に戻るときのはっとするような表現に驚かされます。

 誰でも知っている「トルコ行進曲」だって、なんか寂しげで、立派で、もっと屈託なく明るい表情でカルく流してくださってもいいよ・・・と。ワタシのちょっとしたワガママ感想文でした。(2004年8月28日)


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written by wabisuke hayashi