Mozart ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調K.271「ジュノーム」/第21番ハ長調K.467
(リンダ・ニコルソン(fp)/ニコラス・クレーマー/カペラ・コロニエンシス)
Mozart
ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調K.271「ジュノーム」
ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467
リンダ・ニコルソン(fp)/ニコラス・クレーマー/カペラ・コロニエンシス
CAPRICCIO C51042 1989-1990年録音
前回言及より9年経過、Linda Nicholson(1955-英国)の演奏は、古楽器嗜好に目覚めさせてくれた演奏でした。Nicholas Kraemer(1945ー蘇格蘭)率いる古楽器団体の老舗は充実した響き、溌剌闊達な演奏を繰り広げております。音質はハッとするほど鮮明、クリア、管弦楽伴奏にも通奏低音としてフォルテピアノは参加しているみたいです。
変ホ長調協奏曲 K.271は1777年Mozart21歳、ザルツブルク時代の作品。第1楽章「Allegro」の冒頭、短い管弦楽の呼びかけにソロが呼応する始まりはなんとも鮮烈、若いお嬢様が華やかに踊るような風情、快活な楽章が始まりました。モダーンピアノによるしっとりとした演奏も悪くないけれど、軽快な古楽器は歯切れよく清潔な躍動に溢れます。(10:25)第2楽章「Andante」は憂いを含んで寂しげ、タッチは重くならず、淡々とつとつとした風情が味わい深いもの。(10:36)第3楽章「Rondo-Presto」には笑顔が戻って、玉を転がすような流れにデリケートな響き。こんな素朴なサウンドに馴染むと、往年の名演奏も重く、厚化粧に感じるもの。カペラ・コロニエンシスは古楽器演奏初期にありがちだった”骨と皮”みたいな響きに非ず、ニコルソンのフォルテピアノも細過ぎぬ、弱すぎぬ存在感たっぷり。途中しっとり振り返るようなMenuettの名残惜しさ、最高。(11:13)
ハ長調協奏曲K.467は1785年29歳熟達の名曲。Mozartのピアノ協奏曲は優劣つけがたい名曲揃い、その中でも第2楽章は映画「みじくも美しく燃え」(名訳題名!)に使われ愛された旋律でした。第1楽章「Allegro maestoso」は行進曲のような闊達な歩みから開始、木管が夢見るように美しく、通奏低音は効果的です。管弦楽を受けてやがて自然に合流するフォルテピアノは可憐清潔であります。ハ長調という明るく開放的な調性なのに、途中のもの哀しい暗転は聴き手の心くすぐるいつものマジック、その対比最高。このフクザツ微妙な心情の揺れは前作からの熟達を感じさせるもの。(14:26)第2楽章「Andante」はおそらく一番人気の旋律。ゆったり優雅な雰囲気はテンポが遅いとかそんな意味に非ず、無垢に清廉な心情充ちて、シンプル淡々としたソロに優雅な木管は自在に絡んで浮遊しております。古楽器オーケストラの味の濃さ、装飾音の入るソロとのバランスも最高、これは実演でもちゃんとこう聞こえるものでしょうか。名曲!(5:46)第3楽章「Allegro vivace assai」は喜びを隠しきれぬ疾走は笑顔に溢れる開始。この軽快なリズム、奥ゆかしさはモダーン楽器では出せぬサウンドでしょう。暗転するカデンツァ最高。(8:42)
かなり以前だけれど、フォルテピアノによる協奏曲ばかり聴いていた時期があって、定評ある往年の演奏を受付ない時期があったっけ。現在は別な個性として各々愉しめるようになりました。 (2020年11月14日)
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古楽器による演奏は大好き、現代楽器以上に楽器そのものの個性が出て興味深いものです。基本、素朴で豪勢に鳴り響かないオーケストラとソロが繊細かつ粗野であって、技量の差も歴然と表出されます。
・・・ありきたりな一説をここまで書いて、放置一年。ヒロ・クロサキとのデュオでも著名なるリンダ・ニコルソンのMozart はCDとしては入手難しくなり、NMLにて聴くしかないような状態に至りました。CAPRICCIO自体が活動停止していて、じゃNMLとの契約はどーなってんの?CD製造供給していないだけなのか?(後述;NAXOSに吸収されたらしい)
じつは、2010年に”連続CD破損事件”発生(被害総額購入価格で壱万円ほど?発覚分で)、彼女の第13/23番をダメにしてしまったのがショックで・・・時代遅れ親父(=ワシ)は未だにポータブルCDプレーヤー(人民中国製300円)を通勤、出張に持参しておるんです。予備のCDをカバンに入れるでしょ?それは薄いビニールとか紙の袋に収納して、挙げ句書類サンプルパソコンでぱんぱんに、さらにケータイ嫌いのワタシは身に付けるのがイヤでそこに入れちゃう。・・・ごりごりと荷物はこすれあって、件のCDは盤面剥離・・・に気付いたのは半年経過したくらい?自業自得激しい後悔。自主CDだったら、また音源ダウンロードして作り直せばよろしいが、入手困難なCDだとにっちもさっちもいかない・・・幸い、この第9/21番は無事残りました。第12/18番は未入手だったみたい。閑話休題(それはさておき)
羽のように軽いタッチとリズム、デリケートで壊れそうな(薄っぺらい?)フォルテピアノの音色。素朴粗野、清々しいな古楽器のオーケストラ。艶々と豊かに鳴り響かないから、当然テンポは速めに走ります。「ジュノーム」は若く溌剌としたお嬢様のような作品だけれど、化粧っ気はなくて色気は足りない〜コロコロと笑って屈託がない風情が可愛らしい。表情は豊かに、くるくると変化を続けます。Mozart はほんまの名曲ばかり、さまざまな演奏スタイルを許容します。第2楽章「アンダティーノ」の暗転に浪漫を感じて、纏綿と歌いたくなる気持ちも理解できぬこともない。でもね、やっぱりこんなさっぱり素顔なサウンドが原典に近い世界なのでしょう。やはりテンポ速め、リズムにノリがあって、まるでちょっとした行進曲みたいな感じもあります。
終楽章「プレスト」の躍動こそ古楽器の素朴な世界に似合うものでしょう。素朴一辺倒じゃなくて、カンデツァに於ける自在なる表現、微細なニュアンスが配慮あるソロであります。クレーマー率いるカペラ・コロニエンシスは意外と厚みのある響きであって、痩せてビンボー臭いサウンドとは無縁、ソロにぴたり!寄り添って見事なアンサンブルでした。我らがヴォルフガングの音楽は無条件幸福、その中でもピアノ協奏曲は至福の世界だし、「ジュノーム」のウキウキ度は最上のフェイヴォリットであります。
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ハ長調K.467協奏曲。リンダ・ニコルソンは第1楽章「アレグロ」から清明デリケートな表情、薄味隠し味的表現が上品かつ静謐であります。だからこそ、暗転が聴き手の胸を抉(えぐ)るんです。オーケストラは時にヴァイオリンがソロになったり、これほど新鮮な経験は久々。”浪漫を感じて、纏綿と歌いたくなる”のだったら、第2楽章「アンダンテ」辺りが代表例でしょう。なんせ映画「短くも美しく燃え」(名訳!)ですから。弦の清潔な透明感(ノン・ヴィヴラート)、淡々とタメのないリズム、さらりと飾りがないからこそ引き立つ”哀しい浪漫の香り”〜純愛だったらこれでしょうが。そっと呟くようなソロ、木管の美しさは筆舌に尽くしがたい。
終楽章「アレグロ」は端正かつ決然としたオーケストラにてスタート、ソロはたっぷり歌って素敵なソロで呼応いたします。あとは”端正かつ決然”とラスト迄進むが、”フォルテピアノの音量の小ささ”を実感できる楽章であります。大騒ぎで駆け抜けるのは現代楽器の個性なんでしょう。羽のようにデリケートであり、リズムのノリに不足はないが、親しみ深い”静謐さ”を堪能いたしました。
この辺りのすっきり演奏に耳馴染むと、現代楽器への復帰に少々リハビリが必要になるかも。 (2011年1月21日)
【♪ KechiKechi Classics ♪】 ●愉しく、とことん味わって音楽を●
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