Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調
(ジョン・バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)


EMI CDM 7 69186  1969年録音 Mahler

交響曲第5番 嬰ハ短調

ジョン・バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

EMI CDM 7 69186 1969年録音

 もともと中古@500にて入手した(c)1988の英国製CDは、2011年夏に盤面剥離が発覚。ネットで.flacファイル(可逆圧縮ファイル)をダウンロード可能、自主CD化復元を図りました。堂々たる正規スリーブに収納されるのはamazonの激安CDRとなります・・・って、そんなことは音楽の本質とはなんの関係もなし。著名な晩年の録音であり、評価も定まっている・・・と思っていたら、そんなこともないんですね。HMVのレビューを見ていてもけっこうご意見割れております(概ね好意的だけれど)。意見は多種多様なほうが、人生も世間も日常生活もオモロいに決まっております。

 「至高の名演」「決定盤!」なんて実在しないし、する必要もない。「無人島への一枚」だったら個々人の情愛の発露だから、そんな論議も楽しいと思います。「至高」ならぬ「嗜好の名演」で各々音楽を愉しんだらよろしい〜興味深いのは音質(オーディオ)であって、演奏個性嗜好ともかく、オーディオにはなんらかの「共通の真理」が存在するのでは?といった”幻想”or”伝説”が生きているのかも、といったこと。数百万の高級オーディオをすべての人が所有できるはずもなく、掛けた経費に比例して音質改善できる保証もない。ましてや、部屋を云々することってそんな簡単なことじゃないと思いますよ。

「いかにもニュー・フィルハーモニア時代のEMIの独特の音作り。作り物っぽい音は何なのでしょう? 」
 〜こんな感想もあるのだな。「独特の音作り」に間違いはない。でもね、これって極めて明晰、各パートの”色”を自然に、見事に捉えた録音と聴きました。(但し、人民中国製極小ディジタル・アンプ故、やや、ぃぇ、かなり自信はない/今回相当ボリューム上げて拝聴)「作り物っぽい音」ねぇ・・・う〜む、この方の音の標準はなんだったのでしょう。

 全編、「バルビローリ節」とコメントしてお仕舞いにしたいほど。とことん細部、各パートたっぷり歌わせて、縦の線が全然合っていない、というか、端っから合わせる気がない。テンポが遅い。勢いで聴かせないから、油断すると緊張感を失って、スカみたいなサウンドに至る可能性有。機能的に優秀かつ柔軟なオケじゃないと、ヘロヘロの結末に至ることは容易に想像されます。「冒頭のペットが祖父臭い」といった評価は「爺むさい」ってこと?わっからんなぁ。颯爽とキレのあるのがお好みでしょうか(例えばシカゴ交響楽団のアドルフ・ハーセス)「爺むさい」といえば、全編そうですよ。世間には爺さん好きもけっこうおります。異形と言えば異形、でもね、標準ってなんでしょ。わからない。

 第1楽章「葬送行進曲」は遅く、足取り重く、揺れ動き、途切れ途切れの情念に充たされます。冒頭トランペットが颯爽キレ味良く演ったら台無しでっせ。横流れの粘着質に聴き手が耐えられるか、が最大ポイント。オケは指揮者の要求に応えて入念に旋律に味付けするが、基本のサウンドは清涼で重いものではない。たいした技量ですよ。激しい「第1トリオ」(凄い迫力)前にはとことんテンポを落として、消え入りそうなほど。どんなにオケがダメ押しに叫んでも、響きの明晰を失わぬのが凄い。

 第2楽章「嵐のように荒々しく動きをもって。最大の激烈さを持って」〜ここも第1楽章と同様。激昂して走り出したいところを、噛み締めるように、各パートの歌を確かめるように足取りしっかり、確認しつつ(例の如しの横流れに)ゆるゆると進めるバルビローリ。第2楽章の抑制した(失望風)静謐もにくいばかりの対比。深呼吸して、旋律のアクセント(ツボ)を確認しながら、安易なノリを許さない。当たり前だけれど、縦の線がぴたり!合うはずがない。いやぁ、どろどろの粘着質ですなぁ、最高。

 第3楽章「スケルツォ」。ホルンがのびのびエエ音で鳴っております。切迫した狂気のスケルツォっぽいところだけれど、ここでも足取りはたしかであり、歩みは急がない。金管などの「入り」が微妙にズレている(ほとんど見事に合っていない)のは、指揮者の要求が難しいからなんでしょう。レントラーのリズムにアンサンブルがかなり崩壊している部分はあるけれど、歌うことに対するこだわりを絶対に捨てません。弦の見事なこと。金管も凄い技量だと思いますよ。しかし、遅いテンポとテンポの揺れにかなり苦戦の色有。

 第4楽章「アダージエット」。映画「ヴェニスに死す」(1971年)はバルビローリの演奏が使われた、といった噂有。10分切っているから、ここはテンポは遅いほうではありません。バルビローリの「横流れ」表現は、こんな甘美な情感を湛えた音楽が似合い過ぎ。細部とことんニュアンス描き込んで、この楽章には勢いやらノリも、そして立ち止まりも有、じつは抑制が効果を生んでいるんです。ひんやりとした霧が辺りを包み込むような、絶品の表現也、文句なし。

 終楽章「快速に、楽しげに」。楽譜の指示があるのかどうか知らぬが、アタッカ(途切れなく)で終楽章突入。冒頭の金管、木管群が妙に牧歌的サウンドですね。相変わらず、テンポはゆったり、弦の刻みも細部明確に弾き流さない。途切れ途切れのエピソードが、やがて纏綿とした弦の歌でまとまっていく、といった感じか。例えば交響第1番ニ長調、第7番ホ短調の終楽章同様、バリバリと華やかに演っちゃうと”ちょっと勘弁してよ”的感慨に至る難しい楽章でしょう。

 ここを味わい深い、慎重な足取りと捉えるか、全然ダメじゃん、盛り上がらないじゃん、と捉えるかは微妙なところ。ワタシは当然前者であります。相変わらず縦の線が合っていなくて、ホルンが孤立している部分なんかも見られるけれど。

(2011年7月23日)

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written by wabisuke hayashi