Mahler 交響曲第1番ニ長調(岩城宏之/札幌交響楽団1988年)


Mahler

交響曲第1番ニ長調

岩城宏之/札幌交響楽団

1988年11月15日 北海道厚生年金会館ライヴ〜FM放送よりエア・チェック

 MDは録音媒体の主流となり得ず、市場から消えていくのでしょう。若く貧しかったワタシは1980年代、トンボ型アンテナを立ててFMエア・チェックをカセットにたくさんしておりました。LP/CDは高く、また、NHK・FMは意欲的な演目を数多く放送して下さったものです。”廉価盤一筋”なワタシだけれど、定評ある名演奏はすべてそこで学んだんです。やがてカセット(最盛期1,000本/最終処分ダンボール一箱)を諦め、DATも処分し、21世紀、手許に残ったのは100枚ほどのMDのみ・・・それも滅多に聴くことはありません。次々と値下げされ、貯まる一方のCD音源聴取で忙しいんです。もったいない。MDなら数年放置しても再生に問題なし。

 中年の坂を転げ落ちる、ということは知人が亡くなっていく場面に出会うということです。ワタシは小学生の時、札幌にてNHK交響楽団を聴いております。(演目記憶なし。但し、Enescuの「ルーマニア狂詩曲」を振り間違えて、やり直した記憶は鮮明)この録音は岩城さん56歳壮年の記録です。もともとカセットに録音したもので、それは(演奏に参加している打楽器の主席)新貝さんにプレゼントしました。かなり良好な音質。当時、エア・チェックにはそうとうな自信を持っておりました。

 全体として、アンサンブルのしっかりとした立派な演奏でしょう。楽章が進むにつれ、ややお疲れ気味ではあるけれど、各パート良く歌って技術的な不足を感じさせません。木管も金管も、とても美しい。ワタシは岩城さんの演奏を(もちろんテレビ/CDにて)あまりたくさん聴いていないが、ストレート系であまり飾りを付けない方向の解釈であった、と思います。

 つまり、細部神経質なニュアンスを作り込まず、揺れ動く浪漫的解釈ではなく、自然な流れやメリハリを重視したさっくり骨太な演奏ということです。どうしても贔屓目で聴いてしまうので、札響は清涼な響きと認識してしまいます。日常聴いている(市販の)CDと虚心に比較すれば、素朴が過ぎて洗練が足りないかも知れません。それさえ好ましく、なんとも懐かしい。ライヴ故の細かいミスなどは、まったく気にしません。ワタシは”音楽”を聴いているのであって、”ミス”を楽しんでいるわけではないので。会場の咳払い、チューニングさえワタシには臨場感として感じられます。

 浮き立つような含羞と希望に溢れ、溌剌とした第1楽章。第2楽章は少々メリハリに欠けるが、ゆったりと上機嫌な味わいがありました。第3楽章にものものしい緊張感は薄くて、どことなく牧歌的な暖かさが感じられます。ワルツ〜中間部はしっかりテンポを落として、非常にていねいに歌いって文句なく美しい。

 終楽章は札響渾身の大爆発に間違いないが、少々”弱い”か、やはり疲れが出たのか。会場の拍手は熱狂的でした。

 MD余白はStravinsky 組曲「火の鳥」(1919年版)〜マリス・ヤンソンス/オスロ・フィル(1993年8月8日ザルツブルグ・ライヴ)であって、かなり神経質に細かく、テンションの高いもの。技術的に万全であり、完成度の高いアンサンブルであっても、余裕と味わいに不足するような感触があるのは、ここ最近作曲者の自演を多く聴いているからだと思います。

(2007年8月31日)

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written by wabisuke hayashi