Mahler 交響曲第9番ニ長調
(ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団)


Mahler 交響曲第9番ニ長調(ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団) Mahler

交響曲第9番ニ長調

ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団

SONY SMM5054072  1961年録音(ハリウッド・アメリカン・リージョン・ホール)  5枚組3,760円にて購入したウチの一枚半(このCDは処分済み/パブリック・ドメイン音源にて拝聴可能)

 Mahler ファンとしては実演CDともに、彼(か)の音楽が多種多様に聴かれる昨今の状況は慶賀に耐えません。ワタシが子供の頃(ん十年前)はMahler の演奏機会はもちろん、レコードの種類も少なく、なにより高かった!ほんの子供に手が出る”価格”でも”音楽”でもなかった状態だったと思います。せいぜい、ワルター/コロムビア交響楽団の「巨人」くらいだったでしょうか、日常馴染んでいたのは(もちろん高価LP時代)。やがてバブル時代に”Mahler ブーム”がやってきて、若く、貧しかったワタシは一生懸命FMエア・チェックにて拝聴レパートリーを増やしたものです。今は昔。

 ワルターのMahler 録音を揃えることは”夢”でしたね。この5枚組は(ようやく念願かなって)2003年冬に入手したもので、SONYはんは価格がこなれないのと、系統的な収録を目指して下さらないから困りもの。(他社の録音ともかく、1954年ニューヨーク・フィルとの第1番、1960年の「大地の歌」が収録されない。別途入手いたしました)閑話休題(それはさておき)・・・最近、若手の豊富な録音に押されて少々影が薄いかな?優秀録音が効果的な作品であるのは事実だし。

 話題のバーンスタイン/ベルリン・フィル(1979年)は、未だ聴く機会を得ません。昔から評価の高いバルビローリ/ベルリン・フィル(1964年)の魅力も発見できてない・・・

 と、ここ迄執筆して数年放置。もしかしたら10年ほど?サイト内検索を掛けて、偶然仕掛品原稿を発見いたしました。件のバーンスタイン/ベルリン・フィルは一枚物廉価盤にて再発売され、入手済み。上記、書き始めはLP時代の想い出、CDもやがて衰退気味となり、このワルター音源はネットより音源ダウンロード、パソコンよりWireless Audioにて、愛用人民中国製ディジタル・アンプにて拝聴しております。この5枚組は既にオークションにて処分済。聴きたい時、必要に応じてネットから音源を拾う・・・そんな時代に至りました。ちょっと味気ないけれど。

 優秀録音が効果的な作品であるのは事実だし〜そう書いたが、これは相当な優秀録音であって、現役最近音源にそう劣るものではありません。新しい録音は(経費の都合上か?)ライヴ収録が増えて、必ずしも万全といえぬ状況だったり、”行きすぎ不自然なマルチ・マイク収録を排除”し過ぎて、極東・市井の音楽ファンが安物オーディオ環境にて拝聴するには少々キツい(わかりにくい)場面ないでもないんです。つまり、ド・シロウトが心安らかに音楽味わうに過不足なし、たっぷり素敵な音楽を堪能いたしました。

・・・これは1980年台おそらく初めて、まともに聴いた”第九”だったんじゃないか、FMエア・チェックして。懐かしいカセット・テープ。貧しかったから高価LP2枚組なんて、そうそう買えなかったんです。(実際には怪しげ演奏家表記曖昧おそるべき悪音質全集輸入盤10枚組?入手して聴いていたはず。もしかしてレオポルド・ルートヴィヒ/ロンドン交響楽団?どんな演奏だったか記憶皆無)明晰な響き、明るく悠々としたスケールを感じたものです。

後年、概ね隅々の旋律に馴染んで、この作品は妖しい、切ない、苦渋に充ちた作品であることを理解いたしました。久々ワルターとの邂逅は”明晰な響き、明るく悠々としたスケール”そのもの、音質良好、西海岸のオケもマイルドなサウンドが美しい。厚みもある、低音も効いております。しかし、厳しさというか、張り詰めた緊張感みたいなものは微妙に、不足している印象がありますね。フォーカスが甘いというか、どことなく緩いというか。アンサンブルに問題はないんだけれど、響きが明るすぎるのか。それでも、これは立派な見事な演奏だと思いますよ。(「音楽日誌」より)

 上記はiPodにて拝聴印象。CD一枚に収まらぬ、長大なる作品を耳当たり良く聴かせて下さいます。件(くだん)のWireless Audio経由愛用貧者のコンポでは・・・第1楽章 Andante comodo (アンダンテ・コモド)。「大地の歌」終楽章「永遠に」(ewig)音型、弦の中国風揺らぎもそのまま引き継いで妖しい風情。「生のテーマ」(交響曲第1番終楽章に登場)、それを否定する「死のテーマ」のせめぎ合いも緊張感たっぷりな凄い音楽であります。音質それなり(なんせ.mp3ですし)やや鮮度不足を感じぬでもないけれど、文句ありません。なんせ巨匠世代(1876年生。フルトヴェングラーの10歳上)ですし。細部明晰な表現、マイルドな響き、優しく暖かい風情・・・これを厳しさというか、張り詰めた緊張感みたいなものは微妙に、不足している印象がありますね。フォーカスが甘いというか、どことなく緩いというかと聴くかどうか、そこは微妙な世界です。この作品になにを求めるか、ということですよね。

 もっと絶望的な緊張感とか切迫感とか(ワタシもそれは求めたい)・・・亜米利加西海岸のオケは明るい響き、ということもあるのでしょう。

 第2楽章 Im Tempo eines gemachlichen Landlers. Etwas tappisch und sehr derb(緩やかなレントラー風のテンポで、いくぶん歩くように、そして、きわめて粗野に)冒頭牧歌的なファゴットの語り掛けから、優雅な風情漂う佳き演奏じゃないでしょうか。金管やら打楽器(低音が効いている)爆発も効果的であり、陰影にやや欠けるような気もするけれど、悠々と豊か、慌てず賑々しい響きに充たされ、素晴らしい迫力であります。コロムビア響大健闘。アンサンブルに不満はない。

 第3楽章 Rondo, burleske, allegro assai, sehr trotzig(「ロンド=ブルレスケ」アレグロ・アッサイ きわめて反抗的に)。激しく、野性的な楽章ですね。イ短調だし、他の演奏ではもっと悲痛な印象が勝っていた、と記憶します。ワルターは迫力充分なのは前提として、リズムが少々もっさり?響きが楽天的、むしろユーモアを感じさせてよく歌う、暗い雰囲気ではないと感じます。ここでも低音の効果、金管の威力はたいしたもの。華やか、賑々しいサウンド満載。

 第4楽章 Adagio. Sehr langsam und noch zuruckhaltend(アダージョ。非常にゆっくりと、抑えて)。交響曲第3番終楽章と並んで、Mahler 中もっともお気に入りのところ。想い出と激情、万感胸に迫る安寧と諦観。ウィーン・フィルに比べて云々する方もいらっしゃるけれど、ここの弦も充分瑞々しい厚みでっせ。ホルンにも深みは充分。優しい歌とニュアンスに充ちて・・・妙に明るく、爽快なのは作品本質とはちょっと方向が違うかも。

 いえ、それでも21世紀に遺すべきみごとな演奏と確信いたしました。

(2012年11月18日)


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written by wabisuke hayashi