Mahler 交響曲第1番ニ長調「巨人」
(パウル・クレツキ/ウィーン・フィル)


Disky Communicatin(D Classics) HR702922(BX 702932) Mahler

交響曲第1番ニ長調 「巨人」

パウル・クレツキ/ウィーン・フィルハーモニー(1961年録音)

Disky Communicatin(D Classics) HR702922(BX 702932)  3枚組2,000円で購入したウチの一枚

 このサイト開設当初から掲載していた音源だが、自分で執筆した文書が気に食わないのはいつものこと。ちゃんと聴き直しましょうね。廉価盤はますます安くなる傾向にあるが、「3枚組2,000円」の評価は微妙なところ。でも、国内盤1,700円で出たのを目撃したから、この価格、本望でしょう。いえいえ、バカ高くなかったら、CDの価格など枝葉末節な事象でしかない〜存分に楽しめれば。

 クレツキのMahler は「大地の歌」が少々話題になった(フィッシャー・ディスカウがソロを担当しているから)くらいで、忘却の彼方かな?クレツキ(1900-1973)は地味な存在で、ワタシ個人的にはBeethoven の交響曲全集(チェコ・フィル)は彼のもの(SUPRAPHON COCO80401→05 1965〜68年録音)が一番!と評価をしているが、賛同者は少ないでしょう。旧コンサートホール・レーベルにも、かなり録音はあったはず。閑話休題。

 これ、(いつもワタシがクソミソに言う)EMI録音にしては出色の出来か。(もう一歩、ティンパニの地響きは欲しいところ)天下のウィーン・フィルはとても美しい。この人、意外とアンサンブルの整え方が緻密で、ラフなところなど皆無。しかし、神経質(例 インバル盤)ではない。チェコ・フィルとの演奏では、オケの素朴で飾らない響きがシミジミ魅力的だったが、ここでも基本路線は同じです。で、「とても美しい」ってなにが?

 「A」の音のみ、7オクターブで表現される開始〜「自然の音のように」(作曲者の指示)〜これ、オーケストラの力量の神髄を問われます。弦はその響きの個性のみで、聴き手に感銘を与えなくては。深い泉から清水が沸き上がるようなクラリネットの低音〜カッコウの歌から、あらゆるパートが「自然の音のように」歌われること。挙げ句、ウィンナ・ホルンの豪放なる厚みが加わって、もうぐうの音も出ません。

 鮮烈なる青春の歌に、ヒステリックなリキみは似合いません。トランペットもじつに柔らかい。テンポは中庸を守り、あわてず、騒がず、過不足がない。諧謔的な性格の第2楽章も上品さを失いませんね。懐深く、(例の如しの)味の濃いホルンが加熱しながらアッチェランドする部分にも、急いた印象は一切なし。中間部のワルツの陶酔の表情にも、抑制があって節度を失わない。

 第3楽章「葬送行進曲」のコントラバス・ソロは、上手すぎちゃいけないんです。たどたどしく、でも、ヘタクソじゃないと。途中の急激テンポ・アップは、ぜひ極端なる対比を求めたいが、これにも限度があるでしょう。ここでは弱音でサラリと流して、お下品になりすぎません。ちょっと大人しすぎるかな?でも、薄味にならないのはオケの個性故、なんでしょう。中間部、弦と木管の絡みは「天国的」と評価したいところ。

 さて、難物の最終楽章。叫んじゃダメなんですよ。もちろん弱くてもダメ。クレツキって、細部まで明快でていねいですよね。ようはするにオーケストラの個性を良く引き出す人みたいで、ウィーン・フィルの個性は良く出ていると思います。でも、素朴な味わいを失わない。クライマックスの作り方にも恣意性はなくて、気持ちよく最後まで聴けます。二台のティンパニを先頭とする打楽器の爆発に不足もなし。但し、ラスト数小節のカットは???編集ミスなのかな?ちょっとズッコケました。(2003年7月25日)


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written by wabisuke hayashi