Cherbini レクイエム ハ短調
(マルコ・ムニッヒ/ベオグラード放送管弦楽団/合唱団)



デアゴスティーニ(Point Classics) 134 Hummel

トランペット協奏曲 変ホ長調

(クインク(tp))/グミュール/カメラータ・ロマーナ

Cherbini

レクイエム ハ短調

マルコ・ムニッヒ/ベオグラード放送管弦楽団/合唱団

デアゴスティーニ(POINT CLASSICS) 134  録音情報不明 中古@250

 LUIGI Cherbini(1760-1842 イタリア)は、Beethoven (1770-1827)とほぼ同時代の作曲家であり、この作品は彼の葬式で使われた・・・との記事を読んだこともあります。知名度的には少々落ちて、CDも演奏会でもCherbiniの音楽を聴く機会は少ないか、と思われます。(トスカニーニ、ムーティの録音が存在する)こうして、作品、演奏家とも少々マニアックだけれど@250で、その美しさを確認できる演奏、録音水準・・・(雑誌付録中古処分しかも知名度少だけれど)マルコ・ムニッヒ(Marko Munih)は実在の指揮者です。(CD初期から)Dvora'k スターバト・マーテルの演奏を聴いていて、知名度からは想像が付かないほど立派な演奏に感心した記憶もありました。

 声楽作品は(言語が理解できないが故に)少々苦手だ(取っつきにくい)が、こういった宗教作品は大丈夫。所謂”決まり文句”だし、邦訳したって理解不能だし。旋律を聴いているだけで、無神論者であるワタシでさえ、敬虔な気持ちになれますもの。

Introitus (入祭文)
Graduale (昇階誦)
Diesire (怒りの日) Offertrium (奉献文)
Sanctus (聖なるかな)
Pie Jesu (やさしきイエズスよ)
Agnus Dei (神の子羊よ)
 少々抜けたり、足したりするけどこのパターンでしょ?だいたい。ちゃうか。

 1816年1月、王政復古なったルイ16世追悼ミサのために作曲された、混声3部合唱(ソプラノ・テノール・バス。男声合唱版もあるそうです)。この類の作品ではMozart が畢生不朽の名作だし、Faureの甘美な旋律、Verdiのとことんオペラティックなスケール・・・が念頭にあるのか、それに比して生真面目な劇性(”怒りの日”に於ける銅鑼が印象的)を感じさせる作品であります。オーケストラの編成にヴァイオリンを欠いているそう。

 ていねい誠実な演奏だし、技術的な問題だってそう弱く感じられない(合唱はとても充実している)、作品旋律だって素敵なのに、中間の”オッフェルトリウム(奉献文)”(15分に渡るこの作品の山)辺りで飽きる、というか、テンションが続かない(聴き手の集中力か?合唱団の疲れか、作品の地味さ加減か)感じ。馴染み、慣れの問題か、それとも別な演奏を経験すべきなのか・・・しかし、さすがに数回の拝聴を経、ようやく全体の様子が見えてきたような気もいたします・・・

 ・・・が、ワタシはこのCD、そして原稿を数ヶ月放置したのでした。静謐誠実なる「入祭文」、下降音階が追いかけて切ない「昇階誦」(おそらくこの1分半がもっとも美しい瞬間)、先ほど”真面目な劇性”と書いた”怒りの日”辺りから演奏のテンションが少々気になってくる・・・そして「奉献文」が明るく真っ当すぎで飽きてくるのは、やはり聴き手の問題か(15分間)。ちょっと印象バラバラです。合唱の絶叫も少々に気になる。

 「聖なるかな」(ティンパニ大活躍ですね)の旋律も、やや当たり前で面白味を感じない。「やさしきイエズスよ」は、寂しげに呟く合唱に木管が絡んで美しい。ラスト、劇的なる「神の子羊よ」にシミジミとした達成感に不足する。印象がまとまらない。録音は悪くないですよ。なんとなく作品の魅力をチラリと見せていただいて、きっと別な世界があるんじゃないか、そんな予感をさせる”残念賞”演奏か。(ごめんなさい)録音水準はまぁまぁでしょう。

  (併録されるHummel トランペット協奏曲 変ホ長調は、PILZのCDと同一録音でこれは音質演奏ともゴキゲンなノリでした)

(2006年3月24日)


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written by wabisuke hayashi