Bruckner 交響曲第9番ニ短調
(ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー)


Bruckner 交響曲第9番ニ短調(ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー) Bruckner

交響曲第9番ニ短調

カルロ・マリア・ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー

DG UCCG-9450 1988年録音 中古609円

 日常音楽を楽しむに当たって、演奏家、オケの知名度やら世評にはこだわりません。時に、所謂”一流どころ”を聴く機会を得、うなってしまうこともあります。コレがまさにそれ。ま、有名なる録音だし、誰でも知っているんだろうが、ワタシは(恥ずかしながら)初耳でございました。うむ、こりゃ凄い。

 最初に一点だけ不満を。ウチのヘロ・オーディオではウィーン・フィルの弦(高音部)が、時に刺激的に(”ウィーン・フィル”という期待値もあるのだけれど、やや薄く)響きました。ま、あまり音質云々言わないほうだけれど、極上の演奏だけに気になります。100万円くらいの超・贅沢(カネモチ)オーディオなら大丈夫ですか?それとも国内プレスの音質劣化か。

 遠浅の海岸に凪の波が、静かに打ち寄せる。やがて俄に一条の閃光が!朝日が上ってくる・・・そんな印象の第1楽章開始だけれど、これが非常に長い。第1楽章28分。たしかにこれは手持ち種々のCD中ダントツのものであります。(次点がシューリヒト/ウィーン・フィルの25:30。他ほとんどは20分台前半)しかし、ワタシが問題にしているのは体感上であって、嗚呼、いつまでも終わらん・・・いえいえ、いつまでも終わらないで欲しい・・・(ちなみに終楽章29:30はもっと異様に長い)

 Brucknerにはシンプルな音型の繰り返しやら、ほとんど和音のみといった場面が頻出します。その表情付けが肌理細かく、深い呼吸のようであり、常軌を逸した集中力であって、纏綿と、しつこく、いつまでもいつまでも続いていく。テンポが揺れる、という常套的な表現では済まされない、各小節ごとに雄弁なるドラマと、歌が生まれている・・・聴き手にとことん集中力を強いる、そんな演奏であります。頻出する「間」に、息詰まるような切迫感有。深く沈殿して、けっして煽らない。

 「揺れ動く雄弁なるドラマと、歌」・・・これが延々と続いて、なんと快い〜のは間違いないが、煩悩に充ちたワタシのココロにはザワザワとした雑念がよぎりました。「喝!」とばかり、オケは時に爆発するが、これはかつて経験したことのない深さと厚みであって、聴き手に安易な安寧を許さない厳しさがある。「美しい」などという、お気楽な感銘が陳腐に思えるほど高貴であります。

 第2楽章は浅薄だったり、喧しいだけではない「尻尾にまでたっぷりアンコは詰まっている」満足と余裕有。でも、冒頭の「法華の太古」が回帰する直前は、妙にせわしなく流したように消えゆくのはとてもおもしろく、対比が効果的でもあります。

 第3楽章、深く静かな、ごくゆったりとした歩みが、練り上げられた響きで充たされました。”遅い”ということであり、鈍重ではない、ということでもあります。しっかりメリハリの大きなリズム感がちゃんと存在する。いくらでも扇情的に盛り上げることが可能な部分だけれど、まったりゆるゆる聴き手を油断させておいて、満を持しての金管の爆発は壮絶です。たんなる”バカ騒ぎ的どんちゃん”とちゃいまっせ。いやはや、なんという巨魁なる演奏!偉容。

 CDの価格は演奏の質となんらの関連性を持たないが、中古609円の価値を凌駕して余りあるもの、という(当たり前の)結論であります。湯水の如くCDを購(あがな)って、ゆるゆる安易に音楽を聴き続ける毎日に、ぴりり!お仕置きのようなガンコで厳しい一枚でしたね。こんなんばっかり聴いているとココロが保たないぜ。

(2005年11月25日)


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written by wabisuke hayashi