ブーレーズ/ベルリン・フィル・ライヴ1993年


Stravinsky

「幻想的スケルツォ」

Webern

「管弦楽のための6つの小品」

Debussy

「牧神の午後への前奏曲」

Ravel

「マ・メール・ロワ」
「クープランの墓」

ブーレーズ/ベルリン・フィルハーモニー(1993年3月24日フィルハーモニー・ホール・ライヴ)DATにてエア・チェック

 これはまったくオケの威力がもの凄い。声も出ないほど洗練され、艶やかで、明快で、わかりやすくて、最高の気分です。「ここ最近ベルリン・フィルはダメになった」とか「ブーレーズはかつての過激なブーレーズではなく、抜け殻」とか評論されることもあるが、この1993年のライヴを聴く限り、圧倒され、酔わされました。

 Stravinskyのリズム感がたしかなこと。流れが自然なこと。オケの懐が深くて、どこも余裕で、まさに「幻想的」な歌さえ感じさせること〜これほど美しい作品であることを初めて発見しました。

 Webernは、極限に細部まで繊細な息遣いに驚愕します。この作品、個人的には20世紀最高の音楽のひとつと考えているが、静謐さと狂気が融合した美が発見されます。なにせ、各パートが度肝を抜くほど麗しいんですよ。フルート然り、ホルン然り。各々個性を前面に出して歌います。魔法で宙に浮いた音の群れ達が、眼前を踊りだすのを唖然と眺めるばかり。

 「牧神」は、なぜか手元にブーレーズの録音がたくさん揃いました。NPO、クリーヴランド、ウィーン・フィル、LSO、そしてこのベルリン・フィルがもっともセクシー。ほとんどイン・テンポでサラリと自然体だけれど、なにせオケの艶が並じゃない。それと各パートのバランス感覚が天才的。フルートは誰かは知らんが(パユ?・・・違うような?)、それだけがけっして突出することはないし、それでいて主張は明快なんです。アンサンブルに濁り皆無。

 オーボエの透明な響きには目眩がしそう。影のような弦の奥ゆかしさ。「マ・メール・ロワ」の表現もサラリとして、持って回ったようなクドさはないんです。美しく、精密な旋律をことさらに強調するようなことはなくて、サッパリとしているが、この木管群の多彩さ、オケの圧倒的な深み〜静かなのに〜そして、威圧感が存在しない。

 ドイツの一流オケでしょ。中低音が厚いし、全体の響きに派手さはないんです。色彩が落ち着いていて、漆塗りのような艶が感じられます。安っぽく輝かない。匂うような上品な香りが漂います。「アンサンブルが完璧」などという感想さえ出ません。あまりに完璧すぎて。

 「クープランの墓」は、冒頭クルクルとオーボエの旋律がユーモラスで大好きな曲。1995年に日本に来たときには、ロンドン交響楽団で演奏してくれました。自然体・自ずとにじみ出るオケの色気路線(解釈)は変わりません。でも、オケが違うとここまで変わるか、という驚きがあります。もちろんロンドン響だって超一流オケに間違いはない。

 好き嫌いの世界に近いが、ベルリン・フィルのほうがずっと「重い」んです。これは、比較しないと気付かない。微妙な(あくまで微妙な)粘着質もある。ロンドン響のほうが、ずっとカルくて、爽やかで、これはこれで完成度が高い。細部の彫琢に差はありません。じつは、濃厚な世界にいつのまにか絡め取られていて、音の蜂蜜の甘さに中毒していることに気付きました。(2002年5月24日)


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written by wabisuke hayashi