Beethoven 交響曲第9番ニ短調「合唱付き」
(ミハイル・プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団/モスクワ室内合唱団)


DG 4783381 Beethoven

交響曲第9番ニ短調「合唱付き」

ミハイル・プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団/モスクワ室内合唱団/アンゲラ・デノケ(s)/マリアンナ・タラソワ(ms)/エンドリク・ヴォトリヒ(t)/マティアス・ゲルネ(br)

DG 4783381 2006年録音

 2016年大晦日、正しい日本人であるワタシは日本の伝統習慣に従い「第九」を聴きました。新旧有名無名・名盤名演奏揃いな演目、油断するといつの間にか”オールド・ファン”に成り果て、ミハイル・プレトニョフ(1957-そうか、同い年であったのか・・・)に対する世評などまったくわからない状態に・・・ピアニストとしても彼の録音は聴いたことはないかも。ロシア・ナショナル管弦楽団は1990年に創立された若いオケ、もともと音楽大国露西亜、優秀なメンバーを集めたらしく、いくつか聴く限りモウレツに上手いのはたしかですよ。21世紀に入っての(正規)録音水準はほとんど嗜好趣向の問題に至って、編成がなんとなく小さく聴こえるのは、残響控えめな印象かもしれません。昔懐かしいリミッター外して無遠慮強烈に鳴り響く”露西亜臭”に非ず。よう鳴っても、かなり洗練されたサウンドになっております。

 第1楽章「Allegro ma non troppo, un poco maestoso 」。ものものしくも遅いテンポ、曰くありげに開始されました。プレトニョフのBeethovenはトンデモ・テンポ設定かなり頻出するから、ここは一発大時代な大仰風情か・・・そんな想像したら即、テンポは上がって快速、熱気を帯びてティンパニ連打!キレのある金管炸裂、筋肉質なリズムが躍動して、けっこう硬派であります。第2楽章「Molto vivace 」繰り返しは当たり前に実行して、”快速、熱気”続きました。やれ一本調子やな、とか外野から声が掛かりそうな推進力。しかし、大切なキモはやる気!入魂の情熱でしょう。この演奏にはそれがちゃんと備わって、金管の響きがやや楽観的に過ぎると感じるのが唯一の難点か。オケが上手過ぎるのかな?

 第3楽章「Adagio molto e cantabile 」。優雅に悠々とした美しい変奏曲。ホルンの美しいところ、同時に難関でもあります。HMVのレビューに

「残念なのは3楽章のテンポ 1拍=60の指定以上の速さの意味がわからない。あたかもこの楽章は純音楽であって感情 敬虔な祈りなど無い と言ったような演奏」
とあって、淡々としてリズミカルなテンポ設定は馴染みの印象とは大きく異なるもの。優雅に悠々とした美しいといった風情を求めるのなら、なんと素っ気ない!わずか11:43也。終楽章に焦点を当てて、ここはさらりと流して余力を蓄えたのか。淡々として正確な演奏も趣向、ひとつの個性と受け止めました。

 終楽章へ。管弦楽が前3楽章を回想する出足、冒頭の不協和音からかなり入念な、濃い味付けであり、やがて「歓喜の主題」が静かに開始されると。それはかなりテンポ速く颯爽と歌われてさっぱり味。"O Freunde!"バリトン独唱(マティアス・ゲルネ)は貫禄充分。モスクワ室内合唱団は少人数に力みが目立ちます。声楽陣は全体にやや強面、プレトニョフはかなりアクセントを強調して、高揚させております。ここで一段落。

 Alla marcia Allegro assai vivace。行進曲以降、"Froh, wie seine Sonnen"テナー(エンドリク・ヴォトリヒ)は頑張っているけれど、呼応する男声合唱は往年の赤軍合唱団(但し、少人数に各自頑張って補っている)みたい。管弦楽による「スケルツォ風のフガート」(本来カッコ良いところ)は一本調子でややオモロないかんじ。全合唱による「歓喜」は響きが薄いのが残念、もっと合唱団増員望む。続く「抱擁」合唱も大仰過ぎか。金管のバランスが大きい。

 最終版に向かって、プレトニョフは合唱にアクセントをますます強調し、金管の存在感を浮き立たせます。"Seid umschlungen, Millionen!"快速に疾走して、管弦楽声楽ともアンサンブルに乱れはない。コントロール完璧。お見事。重厚感とか合唱の豊かな響きに難点はあっても、作品に対する情熱こそ本質、そんな意気込みを感じさせてくださいました。

(2017年1月1日)

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written by wabisuke hayashi