Beethoven 交響曲第9番「合唱」ニ短調 作品125
(ジョン・エリオット・ガーディナー/ウィーン交響楽団/ウィーン・ジング・アカデミー'93ライヴ)


Beethoven

交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」

ジョン・エリオット・ガーディナー/ウィーン交響楽団/ウィーン・ジング・アカデミー/イゾコフスキ(s)ラング(ms)スヴェンソン(t)フェンレイ(br)
1993年1月1日 ウィーン・コンツェルトハウス・ライヴ(FM放送からのエア・チェック)

 きょうは2000年12月31日。「年末に第九やんのは、アホな日本人だけやで」なんて言う人もいますが、いいじゃないですか。不思議な風習だけど、除夜の鐘みたいなもんなんですよ。ワタシも朝から聴いてます。LP時代から、この曲は1年に1枚は買う、と決めておりました。かなりCDも貯まったけど、まだLP時代のコレクションが全部揃わないのは悔しい思い。

 今年は、ハイデルベルク・フィルの演奏会にも行ったし(岡山の市民合唱団が素晴らしかった)、CDではクレツキ/チェコ・フィル(全集中)、カラヤン/ベルリン・フィル(最初のやつ〜但し@166の海賊盤)の2枚を新しく買いました。1999年には、ジンマンやシェルヘンの(全く別な意味での)衝撃的な演奏を体験しましたが、ことしはおとなしいもの。

 古くはコレギウム・アウレウム(ぜひ復活して欲しい)、ハノーヴァー・バンドの全集辺りから「古楽器系」演奏がBeethoven のイメージを変えてきました。いまや、ガーディナー、ノリントン、ブリュッヘン、現代楽器ながらアーノンクール、ジンマン、ギーレン辺りも一筋縄では行かない新しい世界。(マッケラスは残念ながら未聴)演奏会に行っても、旧来からの重く、厚い鎧を脱いだような演奏に出会う機会も多くなりましたね。

 現代は会場が広いので、現代楽器を使用するのは正しいと思います。問題は、楽器じゃなくて演奏そのものであることは自明の理。エア・チェック・テープの「第九」は、なぜかこれ一枚しかなくてMDに落としておきました。音質良好。お相手がウィーン響というのも珍しいでしょ?

 先日「リーダーズ・チョイス」というMOOKを読んで驚きましたが、クラシック音楽ファンの嗜好は(世代交代してるにも関わらず)変わっていないんですね。フルトヴェングラー、クライバー、ワルター。わからんことはないが、そりゃないでしょ。「良いものは良い」のでしょうが、最長不倒距離で「バイロイト・ライヴ」じゃねぇ。

 古楽器演奏の場合、「楽器の音色の違い」を楽しむことが可能です。この演奏、想像通りのすっきり、速いテンポ、軽いタッチで進みます。オケはクセがなくて、じつにスムーズ。アンサンブルもライヴとは思えない整ったもの。ウィーン響はていねいな演奏ぶりに好感が持てますが、正直オケの音色に魅力というか個性が足りない。

 贅肉そぎ落として、骨と皮ばかり(個人的にはうらやましい)の演奏ではありません。血も肉もある。ガーディナーはそっけない表現ではない。いつまでも、重苦しい後期浪漫派風の表現を懐かしむつもりもありません。ライヴだし、ノリと勢いも充分。第1楽章の緊張感も素晴らしい。第2楽章の繊細さと、弾むようなリズム感(繰り返しが嬉しい)、第3楽章における上品な流れの良さ。

 終楽章の合唱はほんとうに上手い。ガーディナーはもともと合唱の専門家だし、ジンマン盤(スイス室内合唱団?)を聴いたときのような、不足感はありません。全体として完成度は高い。立派な美しい演奏です。でも、やっぱりオケに魅力が薄い。技術的にどうの、ということじゃないんです。ちょうど蒸留水と天然水の味わいの違いのような、「微量栄養素」が抜けているのかも知れません。

 ・・・・てなこと、グダグダいいつつ今年も終わってゆくのだなぁ。贅沢で勝手なこと言ってますが、こうやって「今日は誰の第九聴こうかな」なんて幸せな一年だったんですよ。(2000年12月31日)


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written by wabisuke hayashi