Bartok 管弦楽のための協奏曲
(レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック)


LP時代のジャケット Bartok

管弦楽のための協奏曲(1959年)
ヴァイオリン協奏曲第2番(1958年)

レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック/アイザック・スターン(v)

パブリック・ドメイン音源をネットより入手/写真はLP時代のジャケット

 レナード・バーンスタイン(1914-1990)はその個性を多くの人々に愛され、ニューヨーク時代の精力的な録音はかなりのボリュームでパブリック・ドメインに至りました。欧州進出後はリハーサルからたくさんのマイクを立てて、演奏会本番音源も含め編集したライヴ録音が主流、その巨大な粘着質表現の是非や嗜好ともかく、完成度は高いものでした。こちら1960年前後、40歳代壮年の記録は演奏会に併せてセッション録音されたものが多いらしく、アンサンブルの質(オケの調子)音質にもバラ付きがあって、当たりだったりハズレたり・・・それも含め気軽に確認できるようになったのは音楽ファンとしてありがたいこと。

 これはニューヨーク・フィル常任(1958-1969)就任当時の記録、音質かなり良好。なんせ作品が作品でしょ?表現云々の前にオケの技量が問われる難曲中の難曲、この時期の録音には一発録り風かなりアンサンブルも粗い、響きの濁ったものもあった記憶が・・・当時のCBSのライヴァルRCAには既にフリッツ・ライナー驚異の1955年録音ありましたよ。こちら結論として、カッコ良い作品をわかりやすく、魅力的に聴かせる点に於いてけっして負けておりません。オケは好調、録音スタッフも根性入っていていたのか。

 第1楽章 Introduzione(序章)〜ブルージィな序奏は神秘的な出足、バーンスタインは前のめりにテンション高く、明るく粘着質、濃厚、情熱的にテンション高く開始しました。これは最終盤迄継続。オケのアンサンブルの集中力、色彩感に不足なし(ヴィヴラート過多なフルートや木管の音色は好みじゃないけど)。第2楽章 Giuoco delle coppie(対の遊び)〜ユーモラスなリズム感、木管の緻密な掛け合いがいかにもムツカしそうなところ、テンポの揺れ、タメ、弦の神秘的なバックヤードも効果的、金管の静謐なコラールも充分美しい。珍しくデリケートなニューヨーク・フィルであります。

 第3楽章 Elegia(悲歌)。このような嘆きはバーンスタインの得意とするところ、中間部の爆発との対比も情熱的。第4楽章 Intermezzo interrotto(中断された間奏曲)〜ここも第2楽章と並んでユーモラスな、いっそうわかりやすい親しみやすいところですね。ヴィオラによる美しい、荘厳な第2主題はちょいと色気が足りない。「中断」とはそれと対比される無遠慮賑々しいところ(Shostakovich「レニングラード」の引用〜皮肉?当時亜米利加でけっこう人気あったんでしょ?)この爆発はお見事。

 第5楽章 Finale(終曲)は思いっきりカッコつけて堂々たるホルンのファンファーレに始まりました。あとは怒涛の弦の快速無窮動アンサンブルこそオケの腕の見せどころ。シカゴ交響楽団はこの辺り、当たり前に上手い。ニューヨーク・フィルは予想外に絶好調+バーンスタインのテンション高い煽りに乗って、文句ない盛り上がりであります。管楽器による快速フーガ、弦によるフーガ、いずれもバロック風でオモロい作品ですよね。再び弦の無窮動回帰して、管楽器によるいや増す大爆発再来する馴染みの改訂版フィナーレに満足。古今東西名盤犇(ひし)めく名曲、最近この情熱演奏がお気に入りであります。

 自主CDフィル・アップはちょうど時間的に整合性の取れたものを収録させたもの。全曲よりやや音像遠く、ちょっぴり鮮度も落ちても、悪くない音質でしょう。アイザック・スターン(Isaac Stern, 1920-2001)は晩年技量が落ちた頃の録音しか聴いたことがありませんでした。当時38歳、技術的には全盛期、神秘的な美しい作品をわかりやすく演奏しております。こちらの作品は未だ聴き込み中お勉強中。

written by wabisuke hayashi